第18話 後輩の色
***
次の日の部活の事だった。
帰りのホームルームが少々伸び、他の部員とは遅れて部室へ向かった。部室は誰もいない。床やベンチに散らばった制服やスクールバッグが「みんな先に行ってるよ」と伝え、私の準備を急かしてくれる。
急いで赤いジャージに着替え、ドアの横にぶら下がっているカギを手に取り、部室のドアをロックして、グラウンドへ向かった。
既にグラウンドには赤い集団が一つの場所に密集していた。私は駆け足でその集団のもとへ向かう。一歩一歩近づいていく。そして近づけば近づくほど、その集団の雰囲気の異様さを感じた。この赤い集団から放たれるまるで雨雲のようにどんよりとした空気が私を覆ってきた。その空気を目、耳、鼻からきちんと吸い込み、それが何を表しているのかはすぐに分かった。
みんなの目線の先には、1年生の女子、川島ちゃんが立っていた。下を向いている。顔が見えづらいが、この空気感からして、彼女がどういう表情をしているのかは想像がつく。彼女の3歩分くらい後ろに工藤先生が立っていた。先生は仁王立ちで彼女をにらみつけている。
「工藤先生、こんにちは!遅れてすいません」
この空気に似合わない元気な挨拶に躊躇したが、やるしかなかった。もちろん先生は挨拶をし返してくれるわけでもなく、軽くうなづくだけだった。
「、、、川島、みんなに言え」
先生がそう言うと、彼女はのそっと頭を上げ、私たちの方を見た。やはり私の想像通りの顔をしていた。
「えっと、、、私は、、、みなさんのことを裏切って、、、、部活を休んで、、、遊びに行ってしまいました。みなさんのことを裏切ってしまい本当に申し訳ございません、、、」
部活をさぼったみたいだ。確かに無断で部活を休むのはいけないことだ。
すると工藤先生が口をはさんだ。
「いいか、みんなにも改めて言うが。欲しいものは捨てろ。みんなはこの神楽西高校陸上部の部員だ。たくさんの人がみんなの活躍を期待している。それを踏みにじるようなことはするな。わかったな」
「はい!!!!!!」
私たちの返事はグラウンドに響き渡り、やまびこのように跳ね返ってきた。
彼女は部長と共に奉仕作業をやることとなった。
「川島ちゃん、ショックだなー。。」
「、、、え?」
私が水道で水を飲んでいる時に、突然独り言のように志穂が隣で言った。
「川島ちゃん、これからが期待できる将来性ある子だったじゃない?まさかあの子が部活さぼって男子とデートしているとは、、、」
「デート?」
それは、さっきの謝罪では聞いていないワードだった。
「うん。今回は、部活を休んだのと男子とデートしちゃったことの2つが問題だったみたいで」
「そうなんだ、、、」
、、、としかいいようがなかった。
さっき先生が私たちに行った言葉
———「欲しいものは捨てろ」
これはいろんな意味が込められている。オシャレ、SNS、髪型、、そして恋愛。そういうものはすべて禁止ということだ。直接、「恋愛禁止」という言葉は聞いたことはないが、今までの先輩の怒られている姿を見る限り、「恋愛禁止」が暗黙のルールとなっている。いつからそうなったんだろうか。よくわからないし、本当に禁止なのかもわからない。でもたくさんの人が応援してくれている限り、神楽西高校陸上部として自覚を持った行動をとらなければいけない。
恋愛することが、自覚のない行動、、、、?
「ちょっと!咲妃!!!!次の練習行かなきゃ!!」
隣の志穂の大きめの声にビクッとして、反射的に体が次の練習へ向かった。
最近考え事ばっかりしているような気がする。
私はチラッと川島ちゃんの方を向いた。しゃがんで伸び切った雑草を刈り取っている彼女の姿はどこか物淋しそうな感じがした。彼女は1年生だし、何なら入部してまだ数か月だ。まさか自分がこんな目に合うとは思っていなかっただろう。今後、彼女はデートした男子とどう付き合っていくのだろうか。自分の欲しいものを捨てて、神楽西高陸上部のために陸上をやるのだろうか。
そう思いながら見ると、彼女の肩と背中がどんどん小さくなっているような気がした。
雑草を刈り取りながら、自分の心の中の「欲望」という名の雑草まで刈り取っていく彼女の姿をしばらく見つめた。
「欲しいものは捨てろ、、、、か」
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