第17話 部長の色
部長は先生の方を見ないで、下を向いたままだった。先生の怒っている声は聞こえたが、何を言っているかははっきり聞こえない。何だろう。彼らは、部長はいったい何をしたんだろう。私の心臓の鼓動が早くなり、頭から汗がにじみ出ているのを感じた。
しばらくして、先生は去っていった。去っていっても、怒られていた彼らは、沈黙のまま立ったままだった。その姿を見て、私は事の重大さを感じた。ますます私の心臓の鼓動は早くなる。走り込みをした時と同じくらい早い。
私は彼らが動き出す前に行かなきゃと思い、サッと部室の方をめがけて走った。私の走る音が大きかったのか、部長は結構序盤で私のことに気が付いた。
「咲妃、、、」
部長の顔は明らかに死にかけていた。遠くから見て気が付かなかったが、1年生たちも涙ぐんでいた。
「何があったの?今見てたよ」
そう私が言うと、部長は私から視線をそらし、足元のコンクリートを眺めた。
「やっちゃったよ、、、」
何を?といいたいところだが、彼が続きを喋ってくれるのを待つ。
「1年生、、部室に入れちゃったんだ、、、」
「え、、、?」
そういわれてどうしたらいいかわからなかった。かなりの変化球を投げられた気分だ。
うちの陸上部は、1年生は部室を利用してはいけない。これは陸上部伝統のルールだ。今までこのルールを破ったところは見たことがなかった。みんな当たり前だと思っていたのだろう。だが、今気づいた。彼がそのルールを破ったことで気づいた。このルールの意味不明さを。
「、、、すいません、、先輩、、」
「なんでお前らが謝んだよ。部室に入れって言ったのは俺だぞ?」
1年生と部長の会話を聞いて、違和感しか感じられなかった。1年生が入れない空間に一度入ったことで、こんなにも深刻な雰囲気を創り出すと思うと、何とも言えない感情になった。
「先生に、、なんて言われたの、、?」
その雰囲気に飲み込まれながら、私も恐る恐る彼に質問をした。
「、、、しばらく奉仕作業だってさ。明日、みんなの前で謝るよ」
「、、、そっか」
また何も言えずに沈黙になった。気の利いた一言も言えない自分にやるせなさを感じた。でもしょうがないとも思える。別に彼が本質的に間違えたことを侵したわけではないけど。
1年生はまだ泣きながら、下を向いた状態だった。もう日が暮れる。私も封筒をもらって、すぐに女子部室へ戻って、集金しなければならない。でもこの状況をどう終わらせようかすごく迷う。すると、部長が空を見上げながら、声が漏れてしまったかのように、ささやくような声でしゃべりだした。
「1年生だって、、陸上が好きで入ったんだけどな」
その小さなささやきにかなりの重みを感じたのは私だけだろうか。一瞬彼と目が合った。彼は私が話を聞いていることを認識したのか、声を少し大きくして話し出した。
「1年生と2年生で何が違うんだろうなと思う時があるんだ。もちろんこの学校の陸上部のことについて1年生はまだ何も知らない。でも1年生も2年生も3年生も陸上が好きであることには変わりないと思うんだ。そこで壁をつくる必要ってあるのかなって」
彼は私が思っている以上に考えている人だった。1年生が部室に入ってはいけないというルールが自分たちの大好きな陸上にどう影響するのだろう。その考えは私も同じだった。そう思っても私が言えることはこれしかなかった。
「神楽西高陸上部のルールだもん。しょうがないよ」
本当はそんなこと言いたくなかった。このセリフが癖であるかのように出てきた。そう言ってしまったからには後戻りできなかった。
「、、、そっか。そうだよな」
私のセリフを聞いた彼はさっきより目が垂れているような気がした。彼の望んでいるのとは違うセリフを言ってしまったのかもしれない。
彼の不満がまだ心の中に残っていることは確実だった。彼は何かと戦っている。彼は、「神楽西高陸上部部長」としての色ではなく、「彼、個人」の色を出そうと必死にもがいているように見えた。
それを見て、私は今どのような色をしているのかが気になった。一瞬そのことについて考えたが、答えは出なかった。
「本当にすいませんでした」
広いグラウンドの端に集められた集団の前に立ち、部長が謝罪をする。これから奉仕作業をするということも話した。まるで彼が自らその道を選んだかのように。
部長が奉仕作業をすることになったので、代わりに私がグラウンド挨拶や号令をすることになった。みんなに声をかける時、みんなの方を向いて声をかける。その時に部員の顔がしっかりと見える。私はみんなの顔をしっかりと見ながら号令や指示をする。
みんなの顔は明らかに部長を軽蔑するような目に変わっていた。
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