第16話 工藤先生の色
息が苦しい。止まってもきつい。頭が痛い。頭の中の脳を誰かがギューっと手で握りつぶそうとしているようだ。
残り1本を前に、私は芝生の上にあおむけで寝転んでしまった。空は少しだけ青が見えるが、そのほとんどが白い雲で覆われていた。
最近走り込みをしてばかりだ。地区予選の私の走りを見てから、先生はずーっと私たちに走り込みをさせる。何が目的なのかは詳しくは言ってくれないけど、私のせいであることは確実だった。
芝生に寝転ぶと、地につく時のみんなの足音がはっきり聞こえる。
誰かが私のところに近付いてくるのが分かった。足音がどんどん大きくなっていく。
「おい石倉、あと一本あるぞ。立て」
「…はい」
工藤先生の声で自然と体が起き上がる。それが良いのやら悪いのやら。
「最後まで、走り切らなきゃ、後半落ちてまた悲惨な結果になるぞ」
その言葉を聞いて、その通りだと思った。
また地区大会のような失敗は許されない。みんなを裏切るようなレースをしてはいけない。できるだけ神楽西高校陸上部として結果を出さなければ。そのためにも練習をちゃんとやらなきゃ。
私は立ち上がり、他のメンバーと共にもう一本走りだした。
———気をおおおつけえええ!!れええい!!!
———ありがとうございました!!!
ありがとうございましたと叫ぶのにも苦労する。立つのもやっとなくらいの状態だ。でも、やりきった。これで県大会優勝の道に近付いた。そう信じてる。
「咲妃、おつかれ~。顔死んでるよ!」
志穂の声が天から降ってきた声のように聞こえる。
「いやあ~づかれた~」
「最近疲れてるね~。あんまり無理しちゃだめだよ」
「うん。でも今は頑張らなきゃいけない時期だし」
「まあ、そうだけど…」
後輩男子たちから、お疲れさまでした~という礼儀正しい挨拶をもらい、私たちも女子部室へ向かった。
「あんまり走り込みばっかしてると、得意分野のスタートがダメになっちゃうと思うんだけどな~」
「スタート練習もバランスよく取り入れてるから、大丈夫」
志穂が不服そうな顔をしている。
「なに?なんか志穂変だよ??」
「うーーん、なんか最近の短距離のメニュー、いつもと全然違う気がするんだよね。それに工藤先生いつも厳しいこと言ってくるし…」
「まあ私の苦手分野を克服するためだし、先生も私たちのために厳しいこと言ってくれてるんだよ」
私がそう言っても彼女は不服そうな顔をしたままだった。その顔をしっかりと確認したとき、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「石倉さーーん」
後ろを振り返ると、後輩の女子が左手にお金をもって、立っていた。
「集金持ってきたんですけど、今渡せますか?」
「…あ!」
後輩のその言葉を聞いて思い出した。今日は女子部員の集金をする日だった。部長から集金用の封筒をもらう予定だったが、忘れていた。
「ちょっと待ってて!封筒貰ってくるわ!」
そう言ってから、方向を男子部室の方に切り替え、走った。
志穂はまだ不服そうな顔をしていたのだろうか。
既に競技場には誰もいない。男子全員が部室に入ったのだろう。男子たちがパンツ一丁になる前に部長を呼ばなければ。私はそう思いながら、スピードを少し上げて走った。
もう少しで部室につく。今歩いている通路の突き当りを右に曲がれば、男子部室が見える。かすかに聞こえる吹奏楽部の演奏を聴きながら、突き当りに差し掛かった。
その時だった。
「ふざけるな!!!!!!」
怒鳴り声が右側から響いた。その声は明らかに男子部室から聞こえた。それを聞いて反射的に私は右に曲がる前に立ち止まってしまった。なぜなら、その怒鳴り声に聞き覚えがあったからだ。今部室の方に向かってはいけない。その心理が勝手に働いて、自然と体が立ち止まった。
私は曲がり角に隠れて、男子部室の方を除いた。
そこには部室の前で1年生と部長、そして工藤先生が立っている光景があった。
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