第14話 七海の色

 この時期にしては珍しい夏のような春空が教室の窓に映っていた。もう夏がそこまで来ている。それは県大会がそこまで来ているということだ。


 私は残された時間で何をすればいいのだろう。あの地区予選でたくさんの課題が見つかったはずだ。なのに目の前には何もなかった。白紙の紙がバラまかれているだけだった。


 「咲妃ちゃん、良い感じ!そのまま窓の方見てて!」

誉められた。七海にそう言われることで、自然と窓から見える景色に見とれてしまっている自分に気づく。


 七海の目の前にある画用紙に白黒の私が描かれていく。私の頭の中は真っ白であるはずなのに、七海が描く私は濃い黒で形作られていく。私の思いというものがいかに他人に見えていないのかを思い知らされる。

 この前の肖像画が完成し、また新しいものをつくりたいと七海に言われたので、私は快く受け入れた。いや、断るほどの力が今の私にはなかったと言ったほうが正しいかもしれない。

 

 周りの生徒なんて気にもせず、私は窓から見える木々たち、雑草たち、グラウンドに転がっている石ころたちを眺めていた。どれだけ元気がなくても、自然の風景を見るだけで気持ち安らぐ。特に緑色のものを見ている時は、自分の心の中にこびりついている汚れを洗い流してくれるような気分になり、一番心地が良い。そんなことをしていても何も解決には至らないけど。


「咲妃ちゃん、」

七海に名前を呼ばれて、私は何か怒られるのではないかと思った。風景に見とれて彼女の言うことを聞いてなかったのかもしれないとも思った。でも違った。彼女は思いがけないことを口にした。


「なんかあったの?」

「…え?」

「元気ないよ?」

彼女に私の心の中を見透かされていた。なぜわかったのだろう。

しばらく黙ってしまった。


「…私さあ。こうやって人の顔とか描くようになってから、その人の表情で感情がわかるようになってきたんだ。特に咲妃ちゃんなんて、小さい頃から一緒にいるから、元気ないことくらいすぐわかっちゃうよ」


彼女の感性は本当に鋭い。

小さい頃から私は何かあったら、七海のところへ行って、嫌なこととか悲しいこととか何でもかんでもしゃべっていた。中学校の頃もクラスメイトとケンカした時とか、部活でうまくいかなかった時も、泣きながら七海のところへ行って、話を聞いてもらっていた。どんな時も七海がいてくれたから、ここまでやってこれた。


今も七海は変わらず、私に優しくしてくれる。七海の出す色は昔から変わらない。


でも今の私はそれができなかった。


七海にそう言われても、なんて言ったらいいかわからなかった。今までありのままに感じたことを七海に話していたのに、今の私は何もできなかった。


私は変わってしまったのだろうか。彼女は何も変わってないのに。


———キーンコーンカーンコーン


いつもいいタイミングでチャイムが鳴る。

「ううん、なんでもないよ」

そういって彼女に笑顔を見せた。

「…そう?」

「うん。あ、あと今日部活遅くなるから、先帰っててね。じゃあ」

私は急ぐようにこの教室を出ていった。次の授業が日本史だからというのも一つの理由だが、なぜか七海からすぐに離れたくなった。


別に嫌いになったわけではない。なぜなのかはわからない。

とにかく今の私は私じゃないような気がした。

最近走ってばかりで疲れているんだろうな。今日は帰ったら早く寝よう。

そうすれば、いつもの私が帰ってくる。


そう信じながら、自分の教室に向かった。

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