第13話 地区大会の悲劇②

 いつものように軽くジャンプして、スターティングブロックに足をかけた。心臓の鼓動が聞こえる。自分は今緊張しているんだと知らされ、私は一度深呼吸をしてから、体をピタリと止めた。心臓の鼓動ではなく、これから鳴るピストルの音を聞くため、耳に集中する。


———セット

腰を高く上げる。今私の体を支えているのは指のみだ。指の先から全身にエネルギーがみなぎってきた。


パァァァァァァン!!!

状態を低く、低く。足の回転は小刻みに。そして地面を押す感覚で走れ。自分にそう言い聞かせながら走る。前の記録会よりもいい感覚でスタートできた気がした。


 体をだんだんと起き上がらせる。目線は地面から60メートル先のゴールに切り替わる。

 体を完璧に起き上がらせた時点で私はトップを走っている




 はずだった。


 私の視界の右斜め前に真鍋さんの背中が映し出された。既に私より2歩分くらい先を行っていた。

 前半の時点でこんなにも選手の背中をはっきり見たのは、初めてであるような気がした。まずい。このままだと負ける。


 周りの音なんて何も聞こえやしない。聞こえるのは前を走る真鍋さんの足音だけだった。その音を聞けば聞くほど、体に力が入ってしまう。追いつかなきゃ。追い越さなきゃ。その一心で思い切り走る。


 すると思いがけないことが起きた。ゴールまで残り20メートル。正直、この時点で真鍋さんを追い越すことはできる気がしなかった。それでも私は必死で彼女を追いかけていた。そんなとき、左側にもう一人の女子が視界に入った。その女子の姿がだんだんはっきりと見えてくる。


 残り5メートル。私は力の限り走りぬき、体を思いきり、ゴールラインに投げだした。そのラインを越えた後、しばらく頭が真っ白になった。


———さあ、1着は真鍋さん!速報タイムは12秒04の好タイムが表示されています!


頭が真っ白でもアナウンスの声だけは耳に入ってきた。

12秒04。この前私が出した記録より0.02秒速かった。


———正式タイム、1着の真鍋さんは12秒04!2着は川島さんで12秒09!そして、前回の県大会チャンピオンの石倉さんはまさかの3着で記録が12秒20でした!


完敗だった。負けるとしても真鍋さんにだけだと思っていた。今まで聞いたのことない無名の川島さんという子にも負けてしまった。タイムも落ちた。何もかも最悪なレースだった。頭につけたハチマキを雑にとり、やるせない気持ちで競技場を後にした。






「咲妃、お疲れさま」

競技場を出た先に、志穂がマットと氷の入ったビニール袋をもって立っていた。彼女はいつもよりトーンを下げて私にお疲れさまといってきた。明らかに私に気を使っている。


「志穂、ごめん」

「え?なんで謝る必要があるのよ!県大会出場は決めたんだから、これからまた県大会に向けて強くなればいいじゃない!」

「うん、ごめん」

今の私は自然と「ごめん」という言葉を使ってしまう。誰に何を言われても謝罪をしたくなってしまう。

 私は無言で志穂の敷いてくれたマットにうつぶせになり、アイシングをしてもらった。氷を太ももに置かれても、何も感じなかった。それ以上に頭の中が他のことでいっぱいいっぱいだった。


「石倉、」

スタート前の時と同じような呼び声がしたので、誰に呼ばれたかは既に分かっている。


私はアイシングをやめてもらい、その場で立って、工藤先生の方を見た。先生はあまり機嫌がよくないみたいだ。眉間にしわが寄っている。


「中盤から走りが固くなってたぞ。あんな走りは県大会決勝じゃ絶対許されないからな」

「、、、はい」


「県大会は絶対勝てよ」


最後にそう言って、去っていく。もう少しアドバイスを聞きたかったが、今の私の心の傷からすると、これ以上のアドバイスは聞くことができなかったから、やめた。



部長や隆史も無事、県大会出場を決めた。それでも県大会で入賞できるような記録は出せておらず、私と同じようなことを先生に言われたようだ。



だからこそ、私は責任をもって勝たなければいけない。

県大会で1位を取って、この学校の伝統を守ることに貢献しなければいけない。

そう胸に誓って、私は歩き出さなければいけない。

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