第11話 緑と赤

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なんだか頭がさえない。

今日は朝からずーっと脳内に重りを入れてしまったのではないかと思うくらい、頭が重い。重い分、人と話す気力もないし、休み時間も一人で机を抱くようにして寝ていた。それでも頭は重いままだ。

 なぜこんなにも昨日の隆史の件で頭を抱えてしまっているのだろう。女子部長として、彼になにかもっと優しい言葉をかけるべきだったと後悔しているのだろうか。そうじゃない気がする。自分で自分の気持ちがわからない。


 「咲妃ちゃん、どこ見てるの~?こっち見て!!」


七海のいつもの声で我に返った。頭が重いあまりに、七海の足先の方をずっと見つめたままでいた。


 ごめんといって、姿勢を直し、七海の方をしっかりと見る。そこには小筆をもって、画用紙と真剣に見つめあっている七海の美しい姿があった。


「そろそろ咲妃ちゃん自体の色塗りは終了するよ!!あとは背景を彩らなくちゃ!」

彼女は小筆を滑らかに扱いながら、私にそう報告してきた。


「背景って、、どうするの?」

「一応、一色だけ使って、バアーーって塗っていっちゃおうと思ってる!」

ウキウキした表情をしながら、持っていた小筆を筆洗い用のバケツにパッと入れた。


「でね、色の事なんだけど」

彼女は私の目をしっかり見て、色のことについて相談してきた。クリッとした彼女の目が輝いている。私はその目を見て、吸い込まれるような感覚に陥った。そのまま私の頭の中の重りごと吸い込んでほしい。


「背景の色は、緑に決めたよ!!!」


元気いっぱいの笑顔でそういった。私はそれを聞いて、なぜか自然と笑顔になれた。彼女の笑顔につられたから?いや、違う。それは色のせいだ。


緑色は私が小さい頃からずーーっと好きだった色だ。緑色のものを見るだけで、心が洗われて、豊かな気持ちになる。


七海はまだそれを覚えてくれていた。


「緑、、、、うれしい、、、」

控えめに私がそういうと、七海はテンションをもっと上げながら、でしょ~!?と

大げさに喜んだ。


「小さい頃から、咲妃ちゃん、緑好きだったもんね!!でも最初、美術部の子たちに咲妃ちゃんのイメージカラー聞いたら、みんな赤色だ赤色だっていうんだよねー。

咲妃ちゃん、そんなに赤色のイメージ強いかなー?私からしたら緑色のイメージしかないんだよね~」


 そういわれて、私は「あ~」と中途半端な反応しかできなかった。

みんなが私のイメージカラーを赤色というのは、たぶん陸上部のユニフォームやジャージの色と照らし合わせているんだろうなと思った。あれだけ赤い集団がたくさんいれば、赤色のイメージが強くなるのも仕方がない。

個人的には赤は好きではないけど。




「みんな赤色赤色言うけど、緑色と赤色って三原色だからさー、そもそも緑の要素に赤が含まれてないんだよねー。だから緑色を赤色に変えることなんて、私の力量だと不可能に近いんだよなー」




「、、、、ん?」


「、、、、え?」


沈黙が走った。この沈黙は私が話を聞いていなかったからではなく、明らかに七海の話した内容に原因があることは確信していた。どう考えても、いつもの「七海節」が炸裂していた。


「え、あ、いや、七海ごめん。今の話どういうこと?」

「あーごめんごめん、わかりづらかったかー」

彼女は頭をポリポリとかいて、テヘッといわんばかりの顔をした。


「まあとにかく!私にとっての咲妃のイメージは緑色なの!それを赤色に染めることは理論上できないの!」


「ほ、ほう」

完璧ではないけど、なんとなく言いたいことはわかった気がした。


「まあ、染めるとしたら、死ぬほどの量の赤色を使えば、緑を打ち消して、赤色にできるかもね!」


———キーンコーンカーンコーン

そのタイミングで昼休み終了のチャイムが鳴ったため、最後の七海の言葉が「決めゼリフ」のようになった。


「じゃ、咲妃ちゃんバイビー」


そう言って、手を振る七海を見ながら、教室を出て、自分の教室に向かった。




  

 緑色を赤色に染めることなんて出来ない。染めるとしたら、大量の赤色を使って緑色を打ち消す必要がある。




私はその言葉がなぜか大事なもののように思えて仕方がなかった。

頭がまださえない。この謎の症状はいつまで続くのだろう。




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