第8話 桜田先生と私
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ピーーーーーーー!!!
桜田先生が笛を思いきり鳴らし、手で上に向かって投げたバスケットボールによって、試合が始まった。
体育の授業のバスケなんて、結局運動が好きな人がリフレッシュするためのものに過ぎないと思っている。
やりたくない人はボールを目で追いながら、なんとなく走って、ボールが回ってきてしまった時は即座に誰かにパスをする。やっている風に見せとけば単位はもらえる。
まあ、私は運動大好きだから積極的にプレーするけど。
同じチームの女子バスケ部の子があっという間に敵を抜き去っていく。ちょっとくらい手加減してあげてもいいんじゃないかとは思うが、自分のチームだからまあ良しとする。勝負であるからには、勝ちたい。負けず嫌いだよねとよく言われるが、自分でもそうだと感じる。だって負けたくないもん。
あっという間に彼女はゴール前にたどり着いた。さすがの彼女も本気を出しすぎたと思ったのか、シュートをしようとはせず、周りを見渡して仲間を探していた。そして、ふと私と目が合った。
彼女はサッとボールをワンバウンドさせて私にパスしてきた。目の前にはゴールがある。よし、私に任せとけ!!
中学校の時に読んだ漫画の名言、「左手は添えるだけ」を頭の中に思い浮かべながら、優しくフワッとゴールに向かってボールを投げた。お、良い軌道だぞ。これは入った…!?
ガコッッッ!!!
あ、外れた。
実は私は球技が下手である。陸上部って球技下手だよねってよく言われるから、それがなんとなく悔しくて、体育の授業でいいとこ見せようとするけど、うまくいった試しがない。中学から陸上をやっていて、これまでほとんどボールを触ってきていないぶん、全然ボールをうまく扱えない。どうやったらうまくなるのおお!
結局、バスケ部の彼女とボールの扱いに慣れてるバレー部の子に助けられ、私のチームが勝った。勝ったのに何なんだこの屈辱感は。
「はい今日はここまでな!!ちゃんと後片づけして、モップがけしてから次の授業行けよ!!」
女子体育はいつも、ショートヘアの似合う女の先生が担当してたけど、産休に入ってしまい、今だけ特別に体育教師で生徒指導担当の桜田先生が私たちの体育を担当している。生徒指導担当らしく、威厳を放つような野太い声で授業を終わらした。
「はーーい、ありがとうございました~」
ああ~~シュート決めたかったな~~どうやったらシュート決められるの~と女子バスケ部の子に聞きながら、一緒に早足でモップがけをする。
ああ、モップがけレースだったら、勝てるんだけどな~とか言ってみる。
そんな私の冗談を聞いていた桜田先生が会話に入ってきた。
「そんなこと体育でやるわけねえだろ。今度はシュート入るといいな」
そんな先生の一見優しそうな言葉が皮肉めいているように聞こえた。
「先生、教えてくださいよ~。私だって活躍したいですよ~」
「別にシュートのフォームは悪くないけどな。あとは練習あるのみってことじゃないか?」
ブーブーとわけもわからず先生にブーイングしてみた。先生は笑ってくれた。
そして、先生はふと思い出したかのように話をそらした。
「そういえば石倉、お前この前の大会、良いタイムだったらしいじゃないか!」
「あ、そうなんですよ~。初戦から自己ベスト出しました!」
おそらく工藤先生から聞いたのだろう。突然そう言われたから、体育の時間に感じた悔しさなんて忘れてしまった。
誉められたから、私は素直に喜んだ。笑顔を振りまきながら、ありがとうございます!という準備はできていた。
かと思いきや、それは私に対する誉め言葉ではなかった。
「やっぱ、工藤先生の指導力はすごいんだなあ~~!感心しちゃうなあ!!」
え、そっち?と素直に思った。
「あの方のおかげで神楽西高陸上部の名が知れ渡ったんだもんな~。色々話聞いてるけど、やっぱあの方の指導力は日本トップレベルだよ!」
ルール決めが何だの、部活と学校の線引きが何だの、生徒を見る目が何だの。
桜田先生の工藤先生に対する誉め言葉は止まらなかった。
それもそのはずだ。
簡単に言ってしまえば、桜田先生は「工藤先生信者」だ。
もちろん工藤先生が宗教団体を立ち上げているわけではない。
工藤先生がこの学校の陸上部の顧問になってから、我が陸上部はここまで強くなった。工藤先生が来てから、我が陸上部の名が知れ渡ったといっても過言ではない。
それから、桜田先生は工藤先生の指導力が半端じゃないとずーっというようになった。生徒指導担当として、全校生徒の前でしゃべる時はいつも工藤先生の言葉を引用したりする。
桜田先生は工藤先生を崇拝しているのだ。
過去の陸上部の先輩たちも、桜田先生のことを怖いとずーっと言っていた。
おそらく今の私と同じような経験をしたのだろう。
今まさに笑顔で私に向かって工藤先生のすごいところをしゃべり続ける桜田先生を見て、恐怖を感じている。早くこの時間が終わってほしくなった。
「……おっとごめん喋りすぎたな。じゃあモップ片づけたら、次の授業行けよ!」
そういって先生は体育館を後にした。女子バスケの子も固まってしまっていた。
話には聞いていたが、まさかあんなにも工藤先生のことを崇拝しているとは思わなかった。
もちろん、工藤先生がすごいということは私も認める。先生のおかげで自己ベストを出せたのも事実だ。最近、いつもと様子が違うことは除いて。
ただ、桜田先生のあの雰囲気は異様に感じた。
まるで何かに染まっているような感じがした。
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