第7話 七海と工藤先生

 窓の外では、桜の花びらが少しだけ風に吹かれてクルクル回りながら飛んでいるのが見える。春の風物詩である桜のピークが過ぎていき、ようやく各学年の各クラスにおける新生活に慣れてきたころだろうか。3年生にもなると、顔見知り以上の人がほとんどのため、クラスは変わっても、そんなに新鮮味がない。

 その証拠に、私は今、違うクラスの違う人の椅子に座っていても、全然クラスに溶け込んでしまっている。


 「咲妃ちゃあーん。笑顔キープだよー。そーそーそのままそのまま!」

 「ねーねーこの束縛される時間はいつまで続くのー?」

 「んーわかんない!私が納得いく肖像画を描けるまで!!」

昨日に引き続き、昼休みの時間に呼び出され、七海に拘束された。


次の授業が体育のため、学校ジャージを着た状態だ。

七海が描いている肖像画は「制服を着た私」であるため、今日は顔や肌の色だけを色鉛筆で塗る作業をするらしい。


 「制服の色くらい想像で塗れるじゃーん」

 「私は今この時に見て感じたものを描きたいの!ほら、場所によって光の当たり方

  とかも違うし!!だから明日は制服着てここに来るのよ!!」

 「ひえ~明日もか~」


明日も拘束されるのか~と憂鬱なようで別にいやでもないような複雑な心境に陥った。拘束される前にお昼ご飯を食べる権利を与えてくれるだけまだマシか。


 「それに咲妃ちゃん、すぐ肌の色黒くなっちゃうから黒くならないうちに終わらせ

  なきゃ!!」

それは確かにいえてるなと思った。ここ最近は5月でも真夏のような太陽が私たちを襲う。確か去年は6月の県大会の時点でみんな真っ黒だった。

肌がまだ白いうちに描いてほしいなと思った。



 

 しばらく無言で七海の方を向いて座ってて、ふと思い出した。

 「あ、そういえばさー七海、工藤先生はどう?」

 「ん?あー、別に普通に優しい先生だよ!!」


実は、七海のクラスの担任は、我が陸上部顧問の工藤先生なのだ。

学校で工藤先生の授業を受けたこともないし、深く関わったこともなかったので、

少し気になった。


 「あーでも、ちょっと不愛想だなーとは思うかなー。去年はそんな感じしなかった

  けど」

 「あ、七海って去年工藤先生の授業受けてたんだっけ?」

 「そうだよ!その時は元気いっぱいな先生だったけどね。なんか変わったよね雰囲

  気」


工藤先生の雰囲気が変わったと感じたのは、陸上部の私だけじゃなかった。

 

 「なんか表情が去年と比べて、キからドに変わった!」

 「キからド?」

 「ほら、喜んでるような表情が怒っている風に変わったって感じ!」

 「ああ、喜怒哀楽の喜と怒のことを言いたいのね」

 「そー!!先生はたぶん何かに追い込まれて、頭の中がいっぱいいっぱいになって

  るよ」


たまに伝わりづらい日本語を使う七海は、気にせずそのまま画用紙に集中しだした。

でも彼女が語る「表情」についての情報はかなり信ぴょう性が高い。


去年は、クラスメイトのある女子の表情を見て、「表情が暗くなったから、おそらく彼氏と別れた」と勝手なこと言うなと思ったら、本当に別れていた。


この前なんて、数学の男の先生と女の先生が会話している時の表情を見て、「あれは恋してるわ」とか言い出して、それはさすがにあり得ないだろうと思っていたら、結婚してしまった。


彼女は変人である分、芸術センスや人の表情で心を読み取る能力に優れている。だから肖像画にもハマってしまったのだろう。


そう考えると、七海が私の顔をじーっと見ているこの状況が怖くなった。

私の心の中の思いが、見透かされているような気がした。


「ちょっと咲妃ちゃああん!!笑顔!!!」


「ひえええええ~!は、はい!」


「ええ!?ちょ、なんでビビってるの??」


思わず変な声をだしてしまった。それを聞いて七海もびっくりしてしまい、それがおかしくて、お互い笑いあった。


その後、私はビビることなく安心して、七海の肖像画のモデルを演じた。





その間、どうしても工藤先生のことが頭から離れなかった。

最近の工藤先生の様子が気になって仕方がなかった。




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