第5話 七海との帰り道

 「ちょっと咲妃ちゃあん。歩くの遅いよ~~」

 「今日は許してよ~何なら肩貸して」

 「嫌だ!重いよお!!」


走り込みをした日の帰り道はいつも七海に「歩くの遅い!」と叱られる。

でもいつもこうして、彼女が肩を貸してくれる。優しい子だなあ。

まあ結局途中でその方が歩きづらいことに気づいて、やめるけど。


 「今日は何メートルを何本やったの??」

 「200メートルを5本だよ」

 「うわ!この時期にしては、結構やるね!何秒ペース?」


私がいつも帰り道にその日の練習メニューを伝えるから、いつの間にか七海が陸上の練習方法に詳しくなってしまった。

それがおかしくて、つい笑ってしまう。


 「なんで笑ってるの??」

 「いや、七海が陸上練習の質問してるのが、すごい面白くて」

 「咲妃ちゃんがいつも教えてくれるからだよ!!」

そう言って、お互い笑いあった。こういう時間が結構幸せだったりする。


 


 


しばらく歩いてると、大きい田んぼが1キロ先の方まで広がる「帰り道の絶景スポット」に着いた。


 「わああ~~~!!今日綺麗!!夕日がすごおおおおい!!」

田んぼの奥で除いているオレンジ色の夕日を見て、七海のテンションが上がった。

今日は一段ときれいだ。部活の疲れが一気に吹き飛ぶような風景だった。

 

今にも沈んでしまいそうな夕日を見ながら、急いでスマホを出して、写真を撮った。それにつられて、七海も急いでスマホを取り出し、カシャッと大きめの音を鳴らした。

 

 「ほんとわたしたち良いところ住んでるよね」

 「ね!!!この風景、絵に描きたいなあ~~」

七海は本当に気に入った風景やものしか絵を描こうとしない。今日のこの風景を相当気に入ったのだろう。



「その写真見ながら、絵描いたらいいじゃん」

「それじゃ意味ないの!いま目にしてるこの瞬間の風景を今描かなきゃいけない の!!」

彼女の長々とした話が始まりそうだったから、早めにごめんごめんと謝って、話を無理やり終わらした。


 きれいな夕日はすぐに地平線の下に隠れ、一気に辺りが暗くなった。

 ついさっきまで見えていたものがいきなり見えなくなった。

 七海の顔も薄っすらとしか見えない。





「そういえば、七海は今日の部活なにしたの?私の肖像画進めた?」

「ええ?肖像画は咲妃ちゃんがいないと進められないよ!」

「あーそっか。写真見ながらじゃダメなんだもんね」

「うん!でも部員のみんなに今日書いた下書き見せたんだ!そしたらみんな似てる~うまい~って言ってくれたよ!」

「みんな私の顔知ってるの?」

「そりゃそうだよ!!咲妃ちゃん学校で有名人じゃん!!」


そうか。部活の表彰で全校生徒の前でステージに上がったり、体育祭の徒競走で他の女子生徒と比べ物にならないくらいの差をつけて1位取ったり、クラス対抗リレーでごぼう抜き、、、いや10人抜きをしたり。

そんなことしてたら、そりゃ有名になるわ。


嬉しい反面、全校生徒に名前と顔がばれてると思うと、少し怖くなる。


 「そうだ咲妃ちゃん!今度咲妃ちゃんの走ってる姿も絵描きたいな!!」

 「ええ?やだ恥ずかしいよ!ダッシュしてる時とか顔ヤバいし」

 「いいの!!私、咲妃ちゃんが走ってる姿大好きだもん!馬みたいにかっこいいし、なによりもその時の咲妃ちゃんが一番楽しそう!!」

 「おお、ありがとう」


「馬みたい」っていう表現は気に入らなかったけど、変人な彼女なりの誉め言葉として、受け取っておく。走ってる姿を描かれることに不安は感じたけど、七海が描きたいというなら、描いてほしいなと思えた。





 そして、その時思った。

私と七海がこうしてずっと仲良くしていられる理由がなんとなくわかった気がした。


私は七海が絵を描いてる姿が好き。七海は私の走ってる姿が好き。

こうして、お互い性格も価値観も違うけれど、その「お互いの違い」というものをしっかり認め合っている。お互いの「好き」を認め合える。


だからこそ私たちはこうして10年以上も仲良くしていられるような気がした。




 「ちょっと咲妃ちゃん!歩くの遅いよ!まだ走り込みの疲れ、取れないの??」

気づいたら、七海は先に行ってしまっていた。

 「あ~ごめんごめん」

 「私もう先行っちゃおうかなあ~~」

 「え~~待ってよお~」


 七海が私に背を向けてもっと先へ行こうとする。私はその背中に向けて小さな声でささやいた。

 「これからもよろしくね」


 「ん?なんか言った?」


 「いや、なんでもないよ~」


咲妃ちゃん変なの~と言って、また先を行く。

私は彼女の背中をめがけて、走っていった。

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