第4話 部長と私
———グラウンドあいさつううぅぅぅ!!!!!
———はああああああい!!!!!
部長の泰成(たいせい)の指示に従い、グラウンドの方を向いて、真っ赤なジャージを着た集団が一列に並んだ。
この赤ジャージはここの陸上部しか着ることのできない特別なものだ。この真っ赤なジャージを見ただけで、「あ、神楽西高の陸部だ」となる。
部員は全員で57名。一列が異様に長い。全員が誰もいないグラウンドに目を合わせる。
1週400メートルの陸上部専用グラウンド。他の高校、特に公立高校だと、こんな陸上部専用のグラウンドなんてないのが普通だ。
ほんとにこの環境をありがたく思う。
———気をおおつけえええええええ!!!!!れええい!!!!!!!!!
———おねがいしまああああああす!!!!!!!!!
今日もお世話になるグラウンド様に挨拶だ。
深く一礼をしてから、みんなでウォーミングアップとしてジョギングをする。
ジョギング中もフォームを意識して走らなければならない。
一人でもダルそうにジョギングをしていたらやり直しになる。
私はいつも、このジョギング中に今日一日の学校生活を頭の中で振り返る。
今日は、5時間目の日本史の授業で恥をかいた。亮太くんのせいだ!!
と思いたいところだが、そんなことを思っても恥ずかしかったことには変わりないので、とりあえず今日はそのストレスを解消させるために部活を頑張ろう。
こんな感じでいつもジョギングをしている。
1週ジョギングをしたら、真ん中に広がっている芝生の上で準備体操だ。
———イチ、ニ、サン、シ!!!!!
―――ゴー、ロク、シチ、ハチ!!!!
部長がイチからシまで一人で大声で数え、ゴー以降を私たちが大声で数える。
屈伸や伸脚、前屈などの体育の授業でやるような体操をしてから、工藤先生のところへ集合する。
先生の視界に入る範囲で、57人が整列をする。先生の視界に入らないところに並んではいけない。
———気をおつけえ!!れえい!!
———お願いしまああす!!
先生に深く一礼をしてから、先生が今日の練習内容についての話を始める。
私たち短距離チームは、200メートルを5本。この時期にしては、走る量が多かった。
私の弱点である「後半の走り」を改善するためのメニューであるような気もした。
それを他の部員にもやらせると思うと、ちょっと申し訳なくなってくる。
部長率いるハードルチームは、スタート練習に向かう。
跳躍チームは跳躍練習。投擲チームは投擲練習。それぞれがそれぞれの練習をする。
200メートル3本目が終わったあたりから、息がかなり苦しくなってきた。立ってるのもつらい状態だ。私は芝生の上に一回座った。他の部員はまだまだ走れそうだったけど、私だけ走れそうにない。なんでこんなにも体力がないのだろう。
「石倉、とりあえず歩け。歩いたほうが足の乳酸がなくなるぞ」
先生からそう言われたが、今までこの状態で歩いて、足の乳酸が取れた覚えはない。
でも、このまま先生の言うことを聞かずに座ったままだと怒られるから、いやいや歩き出す。
歩きながら、他の練習をしているメンバーを見る。
彼らは、ハードルを飛んだり、幅跳び練習をしたり、投げたり。
私たち短距離メンバーだけ辛い思いをしているような気分になる。
「おお~い、咲妃!辛そうだな!!」
幅跳びのピットから、隆史(たかし)が手を振りながら言ってきた。
まるで私をからかっているようだ。
「きついよおお~~。足パンパン!!」
「ガンバーーー!」
彼はズボンについている砂を払いながら応援してくれた。
他人事のような応援の仕方だなあ…
隆史は、幅跳びのエース的存在だ。
冬の間、太ももを軽く肉離れして、思うように練習ができていなかった。
その時の彼の悔しそうで、つまらなさそうな顔を思い出すと、本当に地区予選が始まる前に完全復活してくれてよかった。
彼は楽しそうに踏み切り板を踏み、高く遠くジャンプした。
———気をおおつけええ!!!!れええええい!!
———ありがとうございましたああああ!!
部活終わりは、お世話になったグラウンド様と先生にご挨拶。
「あああ~~~やっと終わったああああ~~」
思わず独り言で、本音を言ってしまった。みんな素通りしてくれると思いきや、
まさかの部長にそれを聞かれてしまった。
「咲妃、おつかれさん。きつそうだったね」
半笑いで彼にそう言われてムッとした。
「もお~~なんで私たちだけこんなきつい練習してるんだろ」
「まあ、いいじゃん。弱点克服できたってことで」
「だといいんだけどね」
男子部員たちがおつかれ様でした~~と私に言いながら、部室へ走って向かう。
ちくしょう。私にはもう部室に走って向かう体力もないのに。
「あ、そうだ咲妃。部費の事だけど、女子の分、今度回収してもらっていい?」
「あ、おけ」
部長にそう言われて、ハッと何かを思い出したようにビックリしてしまった。
「ん?どうした?」
「いや、なんか、私たち3年生になっちゃったんだな~って」
部費の回収の話をしたことで、私は最高学年になってしまったということを実感した。
彼はハハッと私をバカにするような笑い方をした。
まあ部長だもんな。そんなこと、とっくの昔から自覚してて当然だよな。
私は女子部長のくせにそんな自覚もなかったことに気づいて、恥ずかしくなった。
今日は恥ずかしい思いをしてばかりだな。
「そうだね。俺たちの代の総体がもうすぐ始まるな」
部長は天を仰いで、そういった。なんとなく私もそれを真似した。
天にはオレンジと青が混じった色の空が広がっていた。
今日の5時間目に見た天井と山下先生の顔とは比にならないくらい綺麗だ。
ああ~思い出しちゃった。はずかしはずかし。
しばらく天を仰いでると、彼が独り言のようにボソッと言った。
「俺たち、もっとがんばらなきゃヤバいな」
彼はいったい何を言ってるのだろう。ツッコんでほしいのかなと思った。
「いやいや、がんばってるじゃん!」
私の渾身のツッコミが決まったと思いきや、彼は真剣な顔で話し出した。
「咲妃は絶対優勝できるよ。去年の県大会、咲妃が100メートルで優勝してくれて本当に嬉しかった。でも今回は咲妃が県で優勝しても、俺たちが頑張らなきゃ総合優勝には届かない」
部長の真剣な表情に心打たれた。
「総合優勝をとぎらすわけにはいかない。この学校の伝統のために、俺たちが頑張らなきゃいけないね」
でもなぜか私は彼の言葉を聞いて、何かしらの違和感を覚えた。
彼の言葉を素直に受け止めることができなかった。
なぜだろう。
わからないまま、彼とバイバイして、
動きづらい足を無理やり運んで、女子部室へ向かった。
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