第2話 七海と私

 ****


 「ちょっと咲妃ちゃあ~~ん。動かないでよおお~~」

 「ええーもうずっと背筋伸ばしてると疲れるんだけど」

 「もうちょい我慢しておくれありんす」


たまに、七海は変な日本語を使う。

硬いイスに座って、じーっとして、もう10分くらいは経った。

まさか、お昼休みに彼女のクラスの教室に呼ばれて、こんなことに時間を使うとは思いもしなかった。

  

 「七海、なんで突然私の絵を描こうと思ったの?」


そう聞くと、彼女は突然ぐへへっと奇妙な笑い方をした。


 「最近、美術部でね、肖像画を描く機会があったの。そしたら、なんかハマっちゃってさ。なんていうかこう、人の表情をしっかり視覚で感じながら、それを鉛筆や色鉛筆でしっかり表現して、人の優しさや力強さみたいなものを線の太さや細さでこう…」

 

 「うん、七海ごめん。全然何言ってるか、わっかんない」

 

 「まあ、とりあえず肖像画が好きになったのさ!はいはい、咲妃ちゃん笑って笑って~スマイルスマイル!!」


本当に変な子だな。これを言うと、うるさいなあ~と怒ってくるから、心の中で笑っておく。それが表情となって表れたのか、私は意外にも笑顔を簡単に作れた。

七海がいいねいいね~、と変態カメラマンみたいな言い方で褒めてきた。


 七海とは小さい頃から一緒だった。彼女は小さい頃から絵を描くのが好きで、いつも何かを描いては私にそれを見せてきた。私は彼女と正反対な性格で、絵を描いたりするよりかは、外に出て鬼ごっこしたり、バドミントンしたり、サッカーをして遊ぶのが好きだった。


 今思うと、いまだに幼なじみとして、こうして高校でもずっと一緒にいるのが不思議でしょうがない。こんなに趣味も性格も違うし、変人だし。

まあだからこそ仲良くなれるのかもしれない。


 正直言って、彼女の絵の上手さは小さいときからピカイチだった。

やっぱり変人なだけあって、そういう美術センスみたいなものは抜群なのかもしれない。



 小さいときと変わらず、絵を描いている時の彼女の顔は美しい。

その穏やかな表情を見ると、本当に絵を描くのが好きなんだな、とつくづく思う。

 

 「ちょっと咲妃ちゃん!!笑顔じゃなくなってきてるよ!キープスマイリング!」

 「あーごめんごめん」


まるで私は子供の言うことを聞いている母親のようだ。私でいう志穂みたいな感じ。

そう思うとなんだか笑えてくる。

 また、自然と笑顔をつくることができた。


 


 

 「できた!とりあえず下書き!!」

そういって私に下書きの肖像画を見せてきた。

 

 「お、、おお、、、」

 「え、何その反応」

 「いや、なんかめちゃめちゃリアルすぎて怖いわ」

 「自分の顔見て、怖がってるの?おもしろ!!」


そして、自分の姿を客観視したことで、もうひとつ気づいたことがあった。


 「てか、私ってこんなに髪短いんだね」

 「そうだね!すっごいボーイッシュ!咲妃ちゃん似合ってるよ!」

 「そうかなあ~」

 「あれ、もしかして、髪伸ばしてオシャレでもしたいのかな??咲妃ちゃんも女の子だなあ~~」


そういわれて、なぜかドキッとしてしまった。別に七海だから言ってもいいか。


 「うん、まあこう見えても女子高生だし、そういうのも興味ないわけではないよ」

 「ええ~じゃあすればいいのに~!咲妃ちゃん長髪普通に似合いそう!」


そういわれると、すごく嬉しい。でも私はそれを否定せざるを得なかった。


 「できないよ。陸上部のルールだもん」

 「ええ?ルール?」

彼女はわかりやすく首を左に傾けた。

 「うん。髪は長くしちゃダメなの」

左に傾いていた首が元に戻る。そして彼女は言った。


 

 「そのルール、なんであるの?」




 「え?…」



そういわれると、どう答えていいかわからない。しばらく考えてしまった。


———キーンコーンカーンコーン

そのタイミングでお昼休みが終わった。


早く自分の教室に戻らなきゃ。その一心で、とりあえずそれっぽく答えてみた。

 

「…んーとにかくルールなの!先輩たちが守ってきた伝統なの!!」



 「ふぅぅ~ん」

なんだその興味なさそうな返事は。考えてた時間がバカみたいじゃないか。


 「じゃあね!また帰りの時にね!」

そういって私は急いで教室を出て、自分のクラスへ向かった。




向かう途中、なぜかさっきの七海の質問が頭の中でずっと繰り返されていた。


****

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る