(4)弟子の試練
ラングリーは笑顔で執務室の中に去り、扉は閉められ、部屋の外に残されたのはリームとミハレットだけだった。
「よぉーしっ! まずは、お前がどれだけ師匠のことを知っているか試してやろう! 弟子になるためには、まず師匠のことを知らなければならないからな!」
意気揚々と言うミハレットに、リームは慌てて言った。
「だから、ちょっと待ってってば! 私は好きであいつに魔法を教わってるわけじゃないんだから!」
「あ・い・つ……? まさか、まさかまさかそれは師匠のことじゃないだろうなっ!? お、お前は弟子の風上どころか風下にも置けないというよりむしろ人間として救いようのない奴だな!? どういう礼儀作法を教わって育ったんだ!!」
面倒くさい。すごい面倒くさい。なに、こいつ。
リームは苛立ちを抑えきれなかった。今日こそはちゃんと魔法を教えてもらえると期待して来たのに、何故こんな面倒なヤツの相手をしないといけないのか。
しかし『青』になるためには――その本拠地であるシェイグエール魔法院に推薦してもらうためには、どうしても宮廷魔法士ラングリーの弟子という地位は必要だった。
そのために世界で一番気に食わない師匠でも我慢すると、心で血の涙を流しつつ決意したのだ。簡単に諦めるわけにはいかない。そう、私の決意はこの程度のことでは揺らがない。
深呼吸。ぐっとお腹に力を入れる。なるべく落ち着いた大人びた声が出るように努めた。
「ごめんなさい。確かに言い方が悪かった。私はシェイグエール魔法院に行って『青』になるために、あい……宮廷魔法士ラングリーの弟子になる必要があるの。二番弟子でも別に文句はないから、認めてくれない?」
「お前、シェイグエール魔法院に推薦してもらうために師匠の弟子になりたいのか? 動機が不純だ! そんなことでは、師匠の弟子として認められないなっ!」
こ、こいつ……話にならない!
リームはゆらゆらと怒りをまとってミハレットを睨みつけた。ぐっと握ったこぶしがふるふる震える。射殺ろさんばかりの視線に、さすがのミハレットも気圧されたようだ。
「う、うん。まぁ、お前のがんばり次第では、認めてやらんこともないかなー」
「…………で、何をすればいいわけ…………」
「えーと、まず、落ち着くんだ。呪い殺しそうな視線で人を見るな。魔法士たるもの、何時いかなる時でも冷静沈着でなければならないって師匠が言ってたぞっ」
とりあえず、リームは矛を収めた。こいつがラングリーの弟子である事実が変わらないのであれば、一刻も早くこの茶番を終わらせたい。
「なるべく早く終わらせてよね。私はこんなことする暇があったら魔法を習いたいの。あんたもそうじゃないの?」
「お前、本当に口が悪いな……オレはあんたじゃなくてミハレットだ。ミハレット・エフォーク。お前はリームと言ったか。家名は?」
「家名なんてあるわけないよ。孤児なんだから」
「……そうなのか。それは失礼を」
おそらく無意識だろう、胸に片手をあてて謝罪するミハレットの憐れみの混ざる視線に、神経がざらざらと逆なでされるようで、リームは軽く唇を噛んでそれを抑えた。ミハレットの言葉遣いと丁寧な所作に貴族の影が見えることが、更に嫌悪感をつのらせる。
私、こいつ、キライ。おじさんの次ぐらいに嫌いだ。
「次は、師匠の部屋の掃除だ。師匠のために自ら進んで掃除をするのが、良い弟子というものだ!」
最初の試験、師匠のことをどれだけ知っているか、というのは、結局、ミハレットから素晴らしい師匠の経歴や武勇伝の数々を聞かされるだけに終わった。
ラングリーはもともと商人の家の出らしい。類稀なる魔力と天才的魔法技術により、20歳の若さで宮廷魔法士になるという偉業を果たしたそうだ。
一人で竜に打ち勝ったとか山ひとつ吹っ飛ばしたとかはどこまで本当だか分からないが、数百の暗殺者を退けて王の従姉妹にあたる公爵家の姫君と駆け落ちしたという話は、まさか華々しい伝説になってるとは思わずちょっとどきりとした。
自分のことも脚色されて伝説の一部になってたりするのだろうか――いや違う、自分関係なかった。断固として関係ないんだった。
きらきらした瞳で敬愛する師匠の伝説を語るミハレットを、1歩どころか10歩くらい離れた目線で眺めつつ、変人には変人が引き寄せられるのだろうかとリームは思った。それにしても長い。早く終わってほしい。こっちはさっさと魔法の勉強がしたいのだ。
――1刻近く話を聞いたあと、続いてミハレットに連れてこられたのは、塔の2階にあるラングリーの自室部分だった。ベッドと書き物机と衣類箪笥しかない部屋で、それなりに整頓されている。
「さぁ、それでは、がんばりたまえ!」
ふんぞり返ってバケツと雑巾を渡すミハレット。掃除は嫌いじゃないが、こんなことをしに来ているわけじゃないのだ。リームは苛々を隠すつもりもなくミハレットを睨みつけながら、バケツと雑巾を受け取った。
今こそ、孤児院で培った掃除技術の粋をつくす時! リームは自己最高速で部屋を掃除する。変な文句をつけられないように隅から隅まできっちりと。その間、ミハレットは部屋の入口でぽかんとその様子を見ていた。
「さ、終わったけど、次は何すればいいの?」
少し息をあげながら、それでも態度を崩さず刺すように睨みつけるリームに、しかしミハレットはきっちり掃除された部屋を眺めて感心したように言った。
「すごいなぁ……リームは小間使いでもやっていたのか? まぁ城に入れるんだから、そうなんだろうな」
なんで貴族ってどっか抜けてるような天然マイペースが多いのか。かすかにフローラ姫のことを思い出しつつ、リームはため息をついた。
「いや、掃除ぐらい貴族じゃなければ誰でもできるでしょ。私は小間使いじゃなくて、雑貨屋で働いてるの。ミハレットみたいに毎日暇してる貴族ならいいんでしょーけど、私はわざわざお休みもらってここに来てるわけ。本当に早く魔法の勉強したいんだからね!」
「オレは家の名前は捨てたんだからもう貴族じゃないぞ。魔法士として生きていくんだ。そもそも、魔法の力は平等だ。貴族も庶民もない」
「はいはい。ならきっと、住むところも食べ物も自分で手に入れてるんでしょうね?」
「うっ……いや、それは、ちょっと家の名前で借りているだけだ。いずれ魔法士としての稼ぎで返すんだ」
しどろもどろなミハレットに、リームは再び大きなため息をついた。これみよがしなため息だったが、ミハレットに効果は薄いらしい。
そもそもこいつに八つ当たりしている暇はないのだった。とにかく、さっさと、終わらせたい。
「はい、次ね、次。ていうか、もう弟子として認めてくれる?」
「いや、まだだ。世界一の師匠の弟子ならば、世界一の弟子であることを目指さなければ! 次は、差し入れだ。調理場に行くぞ!」
ラングリーに関わることだけ不必要なほどやる気に満ち溢れるミハレット。ラングリーもこんな調子で付きまとわれたから弟子にせざるを得なかったのだろうか? 本当に心の底から面倒くさいやつだった。
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