第7話 二人の父親
「…いませんっ!城の中をくまなく探しましたが、どこにもおりませんでした!!」
重厚感溢れる扉を勢いよく開けて、慌ただしい様子で大広間に駆け込んできたのは侍女のハンネ。ミルクティー色の髪を乱れさせ、服はヨレていた。ハーフアップに纏めたはずの髪は原型を留めたのがやっと。急いでいたためノックやマナーなどの作法は疎かになっていたが、周りの者はその事を咎めるよりも最優先すべき事項は他にあった。
―――事の発端は数時間前、城から抜け出したとされるリージェン国第二王子、“レオナード・リージェン” を捕まえるべく国は捜索をしていた
報告を受けたのは、第二王子の身の回りの世話係であるヨハネ。ハンネとヨハネは共に王子に仕えている実の兄妹だ。ハンネに対しマナーを怠った罰として説教をしたかったが、今はそれどころではないと考え直し冷静に次の対策を口にした。
「捜索範囲をリージェン国全域に広げます。最悪の場合も考え、テジャの森も範囲に加え引き続き町や王都の捜索を。警備兵だけでは人手不足なので、騎士団の方々の協力を要請します。陛下、よろしいでしょうか?」
跪き、敬意を表す相手はこの国の国王、ジェラール・リージェン。少し長いブロンドの髪に、空色の瞳。
「…許可する。
「もちろんです陛下。全力を尽くし、レオナード様を連れ戻すことをここに誓います」
刹那、大広間に集まっていた者たち全員が跪き、敬意を表した。その中には騎士長、副騎士長の姿もあり、国は捜索、そして捕獲に本腰を入れたことが容易に分かる。
ジェラール・リージェン国王は他国の王達とは違い、側室を持たないことで変わり者として有名だった。本来であれば、側室の一人や二人置かなければならないのだが、断固として彼は “妻は一人で充分だ” と言うほど側室反対を公言していた。
そんなジェラール・リージェン国王と王妃との間に生まれたのが次男であり、第二王子のレオナードだ。
彼は現在4歳だが、年齢以上の頭の賢さと好奇心旺盛な性格から城を抜け出しては王都で捕獲される、という事を繰り返す常習犯だった。しかし、今回ばかりは今までのように上手くはいかなかった。
原因は抜け出した時刻、そして気付くのが遅すぎた、ということだ。ハンネは毎朝レオナードを起こすため、きっかり8時半に部屋に入った。だが、寝ているはずのレオナードが居ないことに気づき報告した。王都や城といえど夜中は明かりが少なく、昨夜は新月ということもあり抜け出したことに城内の者たちは気づかなかった。
そして現在、朝の10時近く。夜中に抜け出したとなれば、もう王都よりも遠くに行っている可能性が高かった。そしてさらにその奥の地域には、魔物たちが住んでいると噂される“テジャの森”がある。そこにだけは居て欲しくないと声には出さないものの、城で働く者みんなが思っていた。
そうして王に仕える従者、警備兵、騎士団が王都に向かい
第二王子とはいえ子供の戯れだろうと少なからず油断していた者たちは、そう簡単に見つからないのをこの時はまだ予想していなかった。
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「父さん、昨日はひどいこと言ってごめんなさい…。」
モゾモゾと腕の中が動いた。
見ると、眠っていたはずのルークが目を覚ましたようだ。そしてそのまま起き上がるのかと思っていると、腕の中で小さな謝罪を述べた。
『気にしなくてよい。不安という気持ちは誰でも持っている。しかしその気持ちをどう対処するのかで、不安から学ぶこともあるし、反対に誤った決断をすることもある』
「じゃあこれからは父さんになんでも話すねっ!」
『…フッ、なんでも答えてやるから、一人で溜め込まないこと。分かったか?…よし、朝ご飯食べて出かける準備をしようか』
顔を洗いに行かせたルークを横目に考えていた。これが俗に言う“マジメ”というものなのか、そうでないのか。どちらにせよルークは己がした事実を素直に認めている。話の内容に叱ると言うより、謝る姿勢を褒めるべきことだと思っている。
昔、一人だけ似たような人間がいたのを思い出した。アイツもルークと同じように“マジメ”が一番に思いついた言葉だった。
「父さーん?朝ごはん食べよ?」
『あぁ、いま行く』
リビングからルークの呼び声に反応し、ヴァルガは考えるのをやめ、朝食を用意するためベッドから降りた。
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「父さん?どこにお出かけするの?」
朝食を食べ終わり、出かける準備をしていたときルークが聞いた。ルークには訓練用のバケツとパンを数個入れたバケットを持たせた。ついでに向こうで昼も済ませようという考えだ。
ルークには訓練を休む名目で出かけるのに、着いてからも訓練したいと言われたのでいつものバケツを持たせることにした。
おそらく今日、ルークは魔力操作訓練を終了する。この間よりもルークの体内を巡る魔力量が増えていることが我には分かる。あとはそれをルーク自身が肌で感じ、操れるようになったら訓練は終了。肌で感じられるようになるまでが、この訓練の最大の難所。これを終えればあとは簡単なのだ。
この一連の訓練は最低3ヶ月、長い者では半年以上はかかると言われてるが、それを1ヶ月未満で終わる驚異の早さ。…相変わらずルークには驚かされることばかりだ。
『そうだな…そこは我の友が住んでる所だ。ここよりもさらに北に行くから羽織るものを持っていったほうがいい』
「父さんのお友達?!たのしみだなぁ~!」
天気は晴れ。あの湖にはピッタリの天気だろう。
碧い瞳をキラキラと輝かせるルークは今まで以上に可愛いという言葉が合っている。あの赤子がたった四年でここまで成長するのかと感じていた。
「父さん準備できた!」
長袖を着て、手にはバケツとバケット。そして包装されたいつも食べる甘い実を数個持っていた。
『ルーク、背中につかまって落ちないように気をつけるんだぞ』
そう言うとヴァルガはボフンッと音を立て、ヒト型から元の姿、ドラゴンに戻った。ヒト型よりも大きい本来のヴァルガは太陽を遮りルークを見つめていた。
ルークは急に夜になったと驚いて辺りを見渡していた。そしてここだけ暗いのだと分かったとき、目の前の大きな漆黒の竜をしっかりと見つめ返した。
「…父さん?」
『あぁそうだ。…この姿は怖いか? 』
ゆっくりと体を低くし、顔をルークの目の前に持ってきた。ルークは手を伸ばせばすぐ鼻や口に触ることが出来る大きな生き物を目の当たりして、驚いていた。
よく見るとプルプルと体を震わせている。この姿が怖いのかとヴァルガが思ったとき、ルークが勢いよく顔に抱きついた。正確にはヴァルガの頬のあたりに両手を広げてしがみつくように。
「っかっこいい!!」
「それが父さんの本当の姿?やっぱり父さんすごい!!」
よく分からんが怖いから震えていたわけではないのだな。しかし抱きつくほどドラゴンが好きなら、たまにはドラゴンの姿に戻ってもいいかもな…。
案外単純なヴァルガ。
『ルーク、ではさっそく我の背中に乗れるか?』
「分かった!」
ヴァルガの手を階段のようにしてよじ登るがまだ4歳、足が届かなかったりと中々上手く背中に乗れない。見かねたヴァルガはしっぽでルークのお腹を支えて背中まで運んだ。
そしてルークにしっかりつかまるよう言って、一瞬にして上空に飛び上がった。
上空から眺める景色にルークは終始興奮しっぱなしだった。いつも自分たちがいる森や魔物たちがとても小さく、どこを見渡しても自分たちの他に空を飛んでいる物体はいなかった。
太陽が大きく見え、漆黒と言われるヴァルガの鱗は今だけはキラキラと輝き、温かみを含んでいるように見える。ルークにとってとても安心できる、まさしく父親の背中。
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『ルーク、見えるか?あの湖にこれから降り立つから、舌を噛まないようにな』
15分くらいだろうか。短い空の旅だったが地上の距離移動にすると国ひとつ超えたくらいの距離。
ドラゴン、またの名を“空の覇者”。そう呼ばれるドラゴンだからこそ出来る空を使った高速移動。通常、地上移動だと3、4日はかかってもおかしくない。
「僕の友達第一号になってくれるかなぁ?」
『あいつは一番が好きだからもしかしたらなってくれるかもな』
「僕がんばるっ!だから父さんは僕を助けちゃダメだよ?自分の力で友達になってもらうんだから」
その歳でもう自立か、とヴァルガは密かに考えていた。ヴァルガとしてはまだまだルークに構いたいので少し残念に思っていた。
高速移動を見事楽しんだルークはヴァルガの背中から降り立ち、周りの景色に圧倒された。
湖の水面は周りの木々が反射し、水の中にも同じ世界があるように感じるほど透明だ。湖は草木の他にも様々な花に囲まれ、目をこらすとリスやシカといった自然の生き物も水を飲みにきていた。
美しすぎる光景にルークは空いた口が塞がらなかった。そしてハッと我に返ったとき、湖の中央に立つ一匹の白い馬を見つけた。毛並みは遠くからわかるほど綺麗で思わず撫でたくなるほどだった。
―――その白い馬こそ、この湖のヌシでありヴァルガが友と呼ぶ“幻獣”だった
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「おい、あの子供…ルークではないようだな」
「では一体誰だ?この森のことを知らぬのか?」
「見たところルークと同じ歳にも見えるが…」
「今お二人は“あの方”がいる湖の所へ行っているから、帰ってくるまで我々は手出しをしない方が良いな」
身なりの整ったブロンド髪の子供を遠目に魔物たちは話し合った。まだテジャの森の魔力には酔ってないようだ。しかし子供とはいえ長居すると危険。そう教えられていないのかどんどん先へと進む子供。
―――好奇心とは時に身を危険にさらすこともある
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