第6話 魔力操作訓練



 訓練を始めて1週間が経った。

 バケツの水は相変わらず動かないまま、今日の訓練は終わった。ルークは4歳ながら、筋がいい。訓練が終わっても今日のアドバイスで何かを掴んだようで、今までと表情が少し違っていた。おそらくあともう1週間、いや4日程でこの訓練を終えるだろう。少しずつではあるが、ルークの体内に魔力が巡るようになってきた。

 初めは自分の意思で物を操れるようになる。その後も訓練を積み重ねていけば、操るだけでなく、からを生み出すことが出来る。転移魔法や、飛行魔法も可能になる。


 魔力が膨大なルークが魔法を使えたとなら、どの国も喉から手が出るほど欲しい人材になる。今や戦いの主流は魔法。国として魔法使いをどれだけ所持しているかで、情勢は変わっていく。いずれルークの取り合いになるのを想像すると…フッ、笑えるな。


 ヴァルガは夕食の準備をしながら、内心ドヤ顔を決めていた。





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 「ねぇ父さん、今日一緒に寝てもいい…?」


 『…っ!あぁ、もちろん構わない。遠慮なんてしなくていい』



 言ってもいいのか分からない、恐る恐るといった感じか。夕食を食べている時にルークから言われ、驚きながらも返事をした。

 とても嬉しいのだが、寂しい思いをさせていたのかと、ここ数日のことを思い出してみた。4歳になったルークは最近昼寝をしなくなった。その代わりに朝から晩まで訓練ばかりで、一緒に遊んでやれていない。

 ルークに構っていないことに気づき、寂しくさせたのも納得できた。明日の訓練はお休みだな。



 『ルーク、明日は訓練の代わりにどこか行かないか?たまには息抜きも必要だ』



 訓練は本人がすると言ったから今までさせていたが、明日一日休みとなればルークに付き合うのがいいだろう。



 「えっおでかけっ?!行く!」



 目を輝かせ、食い気味に答えたルーク。この表情を見ると子供らしいな、ヴァルガは微笑んでいた。



 『行きたいとこがあるならそこでもいい。どこかあるか?』


 「ん~、父さんの秘密の場所とか…?」


 『秘密の場所か…。秘密にはしてないが、好きな場所がある。そこの景色が綺麗でな、前はよく行っていた』


 「そこ行きたい!」


 『分かった。丁度そこには湖がある。お前の訓練にも何かヒントを与えてくれるだろう』



 うんっ!と元気よく頷き、その勢いのままスープを飲み干した。それからの行動は早いもので、明日に備えて早く寝るつもりなのだろう。ルークの行動の端々から楽しみなのが伝わってきて、思わずクスっと笑ってしまった。





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 『おいでルーク。一緒に寝るんだろう?』



 子供はもう寝る時間だと思い、ルークに合わせて寝ようとした。毛布の裾を持ち上げ、ベッドにスペースをつくるも、ルークは俯き枕を抱えたまま立っていてベッドの中に入ろうとしない。



 『…?どうかしたのか?』



  ベッドの端に座り、ルークを抱き上げて様子を見る。おでこに手を滑り込ませるも、熱くないから熱ではない。ならばトイレか?…さっきしていたから平気だろう。歯磨きは我も手伝ってやったから終えている。パジャマにも着替えているから、寝る準備は万端のはず。



 『…気分でも悪くなったのか?ルーク』














 「父さんはさ、どうして僕を拾って、僕の親になってくれたの?…さっき読んだ本に書いてあったよ。自分の子供じゃない子を育てるのは、可哀想だって思ったから育てるんだってっ!」


―――それって、僕は可哀想な子なの…?











 勢いよく顔を上げ枕を握りしめながら、ルークは涙を流さぬよう必死に堪えていた。


 隣の部屋にある本棚から読んだのだろうか。どの本なのかは知らんが、そんなことを言われるとは思わなかった。…いや、いつか言われるだろうとは予想していたが、こうも早いとはな。





 『…お前を拾ったのは、偶然だった。魔物たちに囲まれても、我の姿を見ても泣かずに笑っているお前に興味を持った』


 『この森で捨てられても尚、生きたいと願うお前を我の手で育ててみたいと、成長した姿を見たいと思ったのだ』



 ルークは分かっていた。この人は…父さんは自分のことを可哀想だとは思ってないだろう、と。でも本で読んでて気持ちが揺らいでしまった。一度揺らいだ気持ちは、それ以上の確かなものに上書きされないと消えない。

 ルークはヴァルガ父さんの口から本当の気持ちを知りたかった。そして、安心したかったのだ。自分は可哀想な子なんかじゃないと。



 『可哀想などと思ったことは一度もない。魔物たちもみな、お前を可哀想な子だとは言ってはないだろう?だからもう泣くな、目が腫れてしまうぞ』


―――ルークは我の大切な息子だ




 ルークを抱きしめながら、額に優しく口付ける。碧色の瞳から堪えていた涙がこぼれ、とうとう声に出して泣いてしまった。背中を優しくさすり、落ちつかせるも顔をつけた肩がどんどん涙で濡れていく。



 『不安に思ったら何度でも言ってやる。だからルーク。そんなに泣かなくとも我はお前を捨てたりしない。明日は出かけるのだろう?もう夜が遅い、もう寝てしまいなさい』



 口調こそ厳しいものの、顔の表情や声色はとても優しいもので、ヴァルガなりの愛情表現だった。


 一定のリズムで背中を叩いているとやがて泣く声は消え、代わりに小さな寝息が聞こえてきた。まだ4歳、不安に思って当然だ。頭を撫でながら、ゆっくり身体を揺らしてると声が聞こえてきた。



 「……と…さん、あ…が…とう……だ…すき」



 こんなにも素直で、愛らしい息子を捨てようなどと思うはずがない。



 目に付いた涙をそっと拭い、起こさないようにベッドの中へ入った。まだ小さいながらに、たくさん考えたんだろうな。己の立場や、この森で捨てられた事実。それらに対して、整理しきれてなかったようだ。



 本という紙の束に書かれた文は、決して全てが正しい内容ではない。しかし、それが完成形として世に出回っている以上、その本は正確なものだと思う者も多くいる。中には嘘偽りの物もあるが、それを見極めるには多くの経験が必要になる。


 これからもっと経験を積めば、ルークは見極めることが出来るだろう。どれが正しくて、どれが間違いなのか。今回はその第一歩として一つ経験したのだ。長い道のりになるだろうが、その経験は自分を裏切らない。経験ほど、確実なものはない。



 部屋の明かりを落とし、ルークを腕に抱きながら毛布をかけた。今日はいつもよりベットが狭く感じるが、嫌な気持ちではない。むしろ、好ましくも思う。明日連れていく場所を考えると、ルークの喜ぶ顔が目に浮かぶ。それほど綺麗で、自然豊かな場所なのだ。


――――なぁ、そう思うだろう?我が友よ






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