第8話 二人の息子
「そこにいるのは誰だい…?」
遠くからでも聞こえる、低いけどどこか優しい透き通る声。ゆっくりと水面の上に立ち、ルークの元へ歩みよる白馬。
堂々たる姿に水を飲んでいた動物たちはいつの間にか頭を下げて、前を通り過ぎるのを待っていた。
「っあの、ルーク・ヴァンガルです。父さんのお友達さんですか?!よろしくお願いします!!」
勢いよく頭を下げ自己紹介をした。
この白い馬が、父さんの友達かな…?頭を下げる前一瞬僕と目があったけど、目が
白馬は頭を下げたルークを見つめ、ゆっくりと己の頭を近づけた。じっと見ていたかと思ったその時、突然ルークの髪をムシャッと口に含んだ。
ルークはビクリと肩を跳ねさせたが、食べられている間も頭をあげることなく下げ続けていた。甘噛みのような感触が離れ、低い感嘆の声が聞こえた。
「…君はすごいねぇ。普通食べられたら振り払ってもいいくらいなのに。甘噛みしてごめんね、綺麗な髪だったからつい。僕はケルピーのケルビン、よろしくね」
恐る恐る顔を上げると、白かと思っていた毛並みはよく見ると金色も混じっており、より綺麗な毛並みだということがわかった。
それにしてもケルピー…
父さんの部屋の本に書いてあった動物だ。たしか…水辺に棲む幻獣で、普通の馬よりも速く走ることができることから大人達が欲しがって手懐けようとすることも。
けれど水棲馬は水の中も走れるから乗せた人達全員、水の中に溺れさせたらしく、それ以降水棲馬に挑む人々はいなくなったと書いてあった。
そんな名馬と父さんは友達…やっぱりすごい!
「よろしくおねがいしま…ひゃっ、」
ルークの頬をペロッと舐めたあと、ケルビンは後ろにいる大きな黒い生き物に目を向けて、そのまま言葉を続けた。
「久しぶり。もしかして君がこの子の父親?」
『久しいな、ケルビン。あぁ4年ほど前からな、この森で拾い我自ら育てている』
再び目線をルークに合わせ、今度は互いの頬を合わせ擦り寄った。肌に触れたことでわかる柔らかい毛並み。見た目通りのふわふわの柔らかさにルークは思わず両手で撫でたい気持ちが溢れたが何とか押しとどめた。
すると耳元でケルビンが囁く。
「…ちゃんと大切に思われてるんだねルーク」
「…?あの、どうしてそんなことがわかるんですか?」
頬がじんわりと温かくなった。そしてそれは体全体に伝わり、毛布の中にいるような温もりが感じられる。
「フフ、特別に教えてあげる。生き物はね、心の底に今までどういう扱いを受けて育ったのかが分かるようになってるんだ。これまで受けた扱いとその時感じた気持ち。積み重なってるんだけど、一番底にある受けた扱いと気持ちを見れば、大体わかる。特に子供なんかは気持ちが素直だから、その時どう感じたかが分かりやすいんだよね」
父さんと似てる…安心する声だ。
「ルークの底には不安や悲しみがある。けどそれはほんの小さな小石程度。すぐにヴァルガから貰った愛情によってその塊は包まれて大きな塊になってる。ヴァルガの愛情に対してルークの気持ちは嬉しいって気持ちと安心感。…大体こんなものかな」
柔らかいケルビンの話し方に、ルークは緊張がいつの間にか解けていた。そして無意識に、片手をケルビンの反対側の頬に手を当て、ゆっくり撫でていた。
やっと撫でることが出来た毛並みは、極上と言えるほどの触り心地だった。
瞬間、撫でられて驚いたのかケルビンが勢いよく後ろに下がった。
「ご、ごめんなさい!毛並みが綺麗で思わず…」
怒られるという覚悟で頭を下げた。ケルビンは何も言わず、しばらく沈黙が続いた。
「あの…?」
罵声くらい飛んでくると思っていたルークはゆっくりと顔を上げ、ケルビンを見た。
「…ねぇルーク、その魔力はどこで手に入れたんだい…?君ぐらいの歳の子にしては早すぎると思うのだけれど…」
やっと発せられた言葉には、疑問と驚きの声、少しのワクワクといった感情がのせられていた。
『ルークのそれは生まれつきだ。赤子の時から既に体内に備わっていたぞ』
「生まれつき…。ルーク、君はとても恵まれてるね。その魔力が今後、ルーク自身を助ける矛となり盾となることを願ってるよ」
————これからは君を友人として迎えよう
頭の中に直接、声が流れた。
ケルビンは顔を空へ仰ぎ、天を見つめたかと思うと、体が光に包まれ馬の姿からヒト型へと変わった。
白い布生地の服に、緩く片側に結ばれた髪は馬の姿の時と変わらず美しい色をしている。白や金にも見える髪をもつケルビンは、ルークの髪とよく似ていて、まるで”兄”と言われても納得するほどだった。
「…ケルビン、さん?」
一瞬、誰だか分からなかった。けれど、ゆっくりと歩き近づく姿が、馬のときと雰囲気が似ていた。
「ケルビンでいいよ。それともっと魔力のこと知りたかったら
ケルビンは、ルークをヒョイっと簡単に抱き上げた。身長はヴァルガより少し低いくらいだろうか。黄金色の瞳に真っ直ぐ通る鼻筋、優しそうな笑顔。
「ありがとうございます!」
ぎゅっと抱きつき、笑顔のルーク。それを少し後ろで見つめ、苦笑いのヴァルガ。
ルークにとって、初めての"友達"ができた日だった。
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「こんなところに家…?誰かここで暮らしてるってことだよな…」
森に入って約一時間くらいか…。
見回したところ、この大木を中心に辺りは木々に囲まれていて、この家以外に民家が建っているとは思えない。
そもそもこの森はなんだ…?リージェン国に森など無いと教えられた。しかし、実際に森はあった。
ということは教えられてない…、何か理由があるからか?
しかもこの森、動物ではなく何か違う気配があちこちに感じる。それも教えられない理由の一つって考えると納得だ。
周りは木ばっかりだし人が通る道などもなく、人気がない。戻ろうとも考えたがどれも似たような道で、今ここから動くのは正しい判断とは言えない気がする。
…仕方がない。この大木の根元を借りて、人が来るのを待とう。幸い天気が崩れる心配は無さそうだな。今は昼をすぎたくらいでまだ日は落ちない、少しは眠れるだろう。
次からはもう少し王都に近いところに行こう…。
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「…ぇ…きて、おーい、…あ、起きた?」
「…ん…っ!?」
子供の声がした。
目が覚めると目の前に子供のドアップ。昼くらいに寝たはずが、もう空は赤く、寝てからかなり時間が経っていたことが分かる。
見た目は同じくらいの歳に見えるが、そこの家の住人だろうか?
それに、この子供の少し後ろにいる男。髪が黒いとは…今まで見たことない。城に戻ったら調べた方が良さそうだな。
状況を整理していたとき、またあの子供に声をかけられた。
「君は一体どこから来たの?この森に入ってどのくらい経った?」
この子供、僕のことを知らないのか?この国の、リージェン国の第二王子が目の前にいるというのに。
「まず名前を名乗るのが先じゃないか?君は誰の前にいるか分からないのか?」
「あ…えっと、そうだよね!ごめんね、僕はルーク・ヴァンガル。ルークでいいよ」
馴れ馴れしいが、この際気になるのはあの男だ。黒髪など聞いたことがない上、この国の者かどうかも怪しい。
「…分かった。そこの男、名前は?」
『………』
「名乗らなければ、どうなるか分かってるんだろうな…?」
『フッ、どうなるのだ?』
その余裕な顔、子供だからと舐めてるな…。
まぁいい、剣を見せれば誰でも口を開くだろう…っ!!?
「護身用の剣がない…いつのまに?!」
いつも上着の下に忍ばせている剣がなく、見ると少しニヤついているあの男の手の中にあった。
『悪いが寝ている時に拝借したぞ。それにしてもこの紋章…お前王族の子供だな。子供がこんな所で何をしておるのだ』
「王族…王様の血?」
子供…ルークはよく理解してないみたいだが、あの男はリージェン国を知っていた。
「そうだ。僕はリージェン国の第二王子、レオナード・リージェンだ」
本来なら名乗りたくはないが、バレてしまったからには仕方ない。今はここをどう切り抜けるか…剣はあれ一本。周りは森で帰る道すら分からない。どうすれば…。
「…っねぇ!僕達の家で休みなよ?!今はまだ太陽が沈んでないけどもう少しで夜になっちゃうし、一人で帰るのは大変だから…いいよね父さん!」
名案だ!っと言いたげな顔。すごい勢いに圧倒されつつもちらりと男の顔を見れば、戦う気はないみたいでニヤついた顔から優しい顔になっていた。
『あぁ。子供が一人増えたくらいで食べ物には困らんからな』
「……なら、ありがたく少し家で休ませてもらう」
確かに一人で帰るのは大変だ。いまは素直にお邪魔した方が早く帰れそうだ。歩き出した二人の背を追いながら、ふと気づいた。
…あの二人親子だったのかっ?!
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