第13話 狼は人ではなく、犬に羨望の眼差しを向ける―4

 僕の能力、不幸を分散する、という能力は字面だけならすっごい便利に聞こえる。実際、不幸にならないのだから、鉄骨が落ちたり、交通事故に巻き込まれたり、と偶発的な事故に遭う可能性はゼロになる。

 例え意図して巻き込まれても、痛みは僕に伝わらず、周囲のニンゲンに等分して伝わる。


 しかし、だからといってすべての不幸から僕を守ってくれるわけじゃぁない。例えば、今イドちゃんにぶつかった時の痛みは感じなかったが、ぶつかったはずみで椅子から転げ落ち、地面と激突した時の衝撃とかは緩和できなかった。

 これは単純明快、誰の意思も介在していないからだ。


 昔からある能力だし、どの不幸は分散できて、どの不幸を分散できないのかはよーくわかっている。

 僕の能力はいわゆる二次被害による不幸までは分散できない、らしい。


 例えば、僕を誰かが殴ろうとする。殴られても僕は当然、ダメージを受けない。しかし、もしそのはずみに僕が足を滑らせたりとかをして、腰を石畳にぶつけたりしたらその痛みは直接僕に伝わる。

 相手が意図して僕を転ばせようと思っていないからだ。


 鉄骨が落ちたりといった、偶発事故でも発動条件は似たような感じだ。

 鉄骨が落ちるかもしれない、というのは作業員とかにはわからないけど、落ち始めたら「ああ、落ちるな」という意思が介在する。よって、鉄骨に意思が乗る。かなり理不尽だけれど、僕の能力は自動発動オートモバイルだし、判断は能力に委ねられる。


 「ああ、だから僕の炎で傷一つ負わなかった君が今無様な格好で腰をさすっているのか」

 僕を嘲笑うカツェリ君はどこか楽しそうだ。にべもなく、僕に向ける視線にも言葉にも悪意しか感じられない。この野郎あとで思いっきりぶん殴ってやる。


 場所は変わって、カツェリ君が白上都市で使っているという安ホテルの一室に僕は今うつ伏せになっている。恥辱の中、背中を剥かれて、お灸をすえられている今の僕はいっそ、滑稽だろう。


 なんで場所を変えたのかの理由なんて聞かないでくれ。言わずもがな、僕の目の前でニヤニヤしているやつと青あざつくって、ピコピコとゲームしている腹ぽこ金髪少女が乱闘なんてしてくれやがったせいだ。

 店員から怒られるを通り越して、即刻『NINE』を呼ばれるなんて、人生短いけれど味わったことはまだない。まるで物みたいに扱われて腰を悪化させながらこのホテルのベッドに投げ捨てられた、というのが敬意だ。


 「んで、僕はまだ君らがなんなのか、くらいしか聞いていないのですけど?」

 「ふむ。そうだな……。さっきまで君の背中のお灸をすえているだけだったからな。だが、実際に語ってしまえばかなりあっさりしたものになるんだがな……」


 こほん、と咳払いをするとカツェリ君は僕の前に一枚の写真を置いた。


 一枚目は金髪の中年男を正面から撮った写真だ。派手な装飾が入った眼帯を左目につけており、無精髭がいい感じに渋い歴戦の猛者感を見せている、気がした。黒い四角柱の耳飾りを付けいたり、青色の襟に金色の刺繍が入っていたりと派手な格好をしている男だな。


 「誰?」

 「カレイド・アズィー・ヨハンスフ。僕らがこの都市に来た理由だ。三日前、つまり僕らが都市に入る一日前にこの都市に入ったことが確認されている」

 「へぇー」


 じゃぁ、昨日目の前のカツェリ君がいたぶっていたのが、そのカレーさんなのかな?


 「まぁ、より正確に言えばこの男とその部下一名がこの都市に入った、だな。君が邪魔してくれなければ、昨日その一名を捕縛できたものを……!」

 「それは……ごめんなさい」

 「謝るひつよ~ないでしょ?だってそいつが勝手に君に噛み付いたのが原因なんだし」


 うるせー、とカツェリ君はちょっかいをかけてきたイドちゃんを怒鳴りつける。で、話を戻すと昨日カツェリ君がいたぶっていた男がカレーさんだか、ヨハネスさんだかの部下で、部下から情報を得ようとした、という見解&推測でいいだろう。


 「で、だ。この男を僕らは追っていた。しかし、その途中で空斬が何者かに殺されてしまった……。信じられないことだがね」

 「1つ聞きたいんだけど、空斬……あー、ちゃんって強いの?弱いの?」

 「強いさ。魔導師の中でも最高の階位である第九層魔導師だからな。それも戦闘に特化した、ね」


 昨日僕を襲ったカツェリ君が第七で、それよりも二つ上の第九ということだから、どれだけの化物なんだろう?ひょっとしたら、この都市を一人で壊滅できるくらいのことはできる……なんて誰にでもできるか。


 「最初、僕は君が殺した、と思った。例えどれだけ魔導師として優れていても君の能力にかかれば力押しで解決できそうだからな。――今でも思っているがね」

 「だから違うって。僕が彼女を殺すメリットがない」

 「ああ、そうだったな。だが、残る可能性、つまりこの写真のカレイド・アズィー・ヨハンスフでは彼女を殺すのは難しいのだよ、少なくともあんな狭い駐車場なんかでね」


 苦々しく吐き捨てるカツェリ君は強くタバコを噛み締めた。まだ湿ってもいないタバコは噛みぬかれて、フローリングへとポトリと落ちた。

 ことここに至って、写真の渋いおじさま、カレイドスコープさんを捕まえるしか僕の無実を証明することはできない。


 例え超上から物申しても、超上個人の思考であるがゆえに、僕らにはわからない、のと同じこと。地道な赤砂粒探しをするくらいしか今の僕らにはできなかった。それも、なんの手がかりもなく。


 これがクラとかだったら、あるいは『NINE』だったら防犯カメラを使って調べるなりできるのだろうけど、僕らにそんな裏技は使えない。――いや、待てよ、僕。そう、待ち給えよ、僕。

 ――だったら、なんで目の前のカツェリ君は昨日、こんな馬鹿でかい都市で泣きじゃくっていたかわいそうな男を見つけられたんだ?

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