第12話 狼は人ではなく、犬に羨望の眼差しを向ける―3

 「まず、さっきからそこで絶叫しているイドが言ったとおり、魔導師が使う魔法というのは神の奇蹟を奇跡に落とした技術であり、異能だ。その形態は千差万別。――錬金術、カバラ数秘術、ルーン、鉱石魔法、付与魔法、エトセトラエトセトラ……。他にも色々あるが、ここでは説明は省かせてもらうぞ?」


 ルーンはわかるけれど、他の錬金術やらカバラなんていうのはちょっと小耳に挟んだ程度の知識しかない。ルーンってのはたしか、ケルト神話の神様が使っていたとか言っていた気がする。

 他のワードも結構気になるけれど、話が進まなくなるから今はパスだ。


 「そしてそんな技術を持ってる魔導師の目標というのは、まぁ、しごくシンプルだ。――神を超える。それが多くが信じている魔導師の悲願ってやつなんだよ」

 「すごい話だな。神を超えるだなんて」

 「だが、そう簡単な話ではない。なにせ、魔導師の起源は今から半千年ハーフミレニア以上遡るが、未だに神に届いた程度だ。僕のような非才の身にはそれでもすごいこと、だとは思うのだがね」


 神を超えるだなんて超上からの物言いをする癖に、目の前のカツェリ君は謙遜するような物言いをしやがる。それに、神を見たことがないニンゲンにとってはただの発火能力者だって神に値するんだ。言わんや、目の前の蒼炎を操る男が僕には、ちょっとだけ神にすら見える、と冗談。


 あまり驚いていないな、と僕は少しだけ落胆していた。結局、どれだけすごくてもアイツに及ばないから、超上っぽいだけなんだよなぁ。


 「話を戻すが、ここからは魔導師がどのようにして魔法を使っているのかについて教えてやる。正直な話、自分の弱点を話しているようで苦々しいんだが……ここで教えないとまたイドに文句を言われるからな。

 ――魔導師っていうのは瘴素、と呼ばれる空気中に漂っている第五元素を使って魔法を使っている。ここまでで何か質問は?」


 「2つ。瘴素と他の元素について」


 「明快でよろしい。まずは瘴素についてだが……わかりやく言えばこの世界の元、といったところか。創作物とかでエーテルとか聞いたことないか?アレだよ、アレ。そいつが物理現象、概念的現象へと変えるようになる……。


 そして他の元素について。君らの世界では世界を構成している元素は水素から始まる100を超える元素だ、ということになっているようだが、魔導師サイドでは実に明快、瘴素を基盤とした四つの元素によって構成されている。すなわち、地水火風。


 世界で最も多い地、次に多い水、次は風、最後に最も希少な火。地を起点とし、水、風、そして火へとサイクルが回っていって、最終的にはまた地に帰結するのがこいつらの性質というか、方向性だな。で、それらが互いに作用反作用しあって世界を構築している、と僕ら魔導師サイドの研究者連中は定義しているな。


 すべての魔導師はこの四大元素が下地となっていて、そこから自分なりの方法で神を超えることを目指す、といった感じだな」


 うーん、よくわからん。多分、カツェリ君的にはすごく丁寧に説明してくれたのだろうけど、僕の常識とはかけ離れすぎていて、理解に苦しむ。かろうじて、瘴素っていうのが魔導師の力の源なんですよ、というのがわかったくらいか。

 後の四大元素とかの話はよくわからない。聞かなければよかった、と後悔している。時間の無駄だった。


 「そして、話を戻してこれが最後になるが、魔導師には階位、と呼ばれるものが存在している。魔導師の力の目安、とでも思ってくれていい。魔導師の力量の多くはこの階位に左右されるからな。

 階位は一から九まであり、数字が大きくなるに連れて魔導師としての力は高くなる。あくまでも総量が、というだけで魔導師の実力に直結する、というわけではないのだがな……」


 階位というのは形式的なものではなく、実力によって与えられるものなのか?剣道の段位みたいな感じで。

 「ちなみに、そこのイドとか僕の階位は七、だ。魔導師はこの階位に従って、第〜魔導師、と呼ばれる」


 「第七ってことはかなり上なんだな」


 一通り魔導師とやらについて目の前のカツェリ君に聞いたけれど、聞けば聞くほど魔導師という存在に比べて能力者が劣化バージョンにしか見えなくなる。ついでに目の前のカツェリ君と後ろで今なお絶叫しまくっているイドちゃんが上位に近い、というのに驚いた。


 カツェリ君はまだ納得できる――だって昨日殺されかけたし――が、ゲームで残基を一基減らされたくらいで絶叫しているイドちゃんがそこまで強いようには見えない。はっきり言って、後方要員みたいなイメージしか抱けない。


 「つか、さ。お前いい加減うっせーんだよぉ!このクソ女ぁぁぁぁ!」

 「うっせー!バーカーバーカー!僕様にとっちゃゲームは命!命なんだよ、知ってんだろ!」

 「だからって一基だろぉがぁ!さっきから泣きわめきやがってぇ!うっとーしんだよ!しかも、やりたくもねー、説明係押し付けやがって!」


 うっせーよぉ、とイドちゃんは物理的にカツェリ君に噛み付いた。そこからはもう乱闘だ。たかだかゲームの残基のためにカツェリ君いわくのそれなりに強い魔導師同士が、喧嘩をおっぱじめた。


 さすがにこんな場所で魔法を使うつもりはないのか、もちろんグーでだ。イドちゃんが噛み付くとすぐにカツェリ君のグーが飛ぶ。ずったんばっこんと心底くだらない取っ組み合いを始めやがる。


 「ぐぅー!この男尊女卑野郎め!レディーには敬意と愛情を払いやがれー!」

 「うるさい黙れこのポテ腹女郎!レディーを名乗りたかったらそのポテ腹をへこませてからにしやがれ!」

 「んだとぉー!僕様はそこまで太ってねーっつぅのー!それにポテ腹に見えんのはこのきぐるみの腹だバカヤロー!」


 どーでもいい。

 やっぱりただのバカの集団なんじゃないか、と思い始めている僕がいた。昨日、豪炎に襲われたせいで目の前のこいつらを過大評価していたのかもしれない。どんだけ強くても根っこのところは……


 やっぱりニンゲンなんだなー、と僕の顔面に向かって落ちてきたイドちゃんにあくたれながら思った。

 痛みはない。僕に直撃すると同時に、不幸は周囲へ分散したから。でも、そのあと。椅子から転げ落ちて、地面と激突した時の衝撃は確かに、僕の背中に伝わった。


 最悪だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る