第11話 狼は人ではなく、犬に羨望の眼差しを向ける―2

 「とりあえず、落ち着くことにしようか」

 そう言って大男が登校中の大学生を半ば拉致して連れ込んだのは白上都市外縁部にあるとある喫茶店だ。ちなみに僕の住んでいるマンションに近い。時々僕も行くけれど、あまり馴染み深い場所ではない。


 外テラスがあるいい店だから、というのが馴染めない理由だ。少なくとも僕みたいな陰険な寄生虫がいると場違いに過ぎる。そんなもの皇居の謁見室にアラブの王様並のラグジュアリーをズラリと並べるようなものだ。品を損なう。

 目の前の大男がそんなことを考えているわけもない、とは思うけれど万が一にも嫌がらせ、ということがある。


 「改めて、自己紹介を……いや、違うなNone.。そもそも君に名前なんぞ言っていなかったな。――正直自己紹介したくもないのだが、まぁ呼び合う時に不便だからな――。僕の名はカツェリ・アグレシア、以上だ」


 「そう。じゃぁ、僕のことは好きに呼んでくれてかまわないよ。不幸送りディパーチャーでも、疫病神でもなんでおいいからさ」

 「本名、を言うつもりはないのか?」

 「必要ないでしょ。どうせこの時限りの関係だ」


 空斬とかいうあの美脚少女の忠告に従うなら、忘れてしまう方がいい。元から記憶力の悪い僕のことだ。きっと、すぐに忘れてしまうのだから。


 「そうかよ。じゃぁ、僕も名前を言う必要なかったねぇ。あー、まぁいいや。それでd……」

 「あの……」

 「あ?」

 「こちらでの喫煙はご遠慮願いたいのですが……」


 ちっ、と軽く舌打ちしてカツェリとかいう大男は加えていたタバコを握りつぶした。店員と思しきストッキングで足がすっぽりと隠され、それが艶めかしいおねぇさんはその態度にちょっとイラっときたみたいだけど、そこはプロ。すぐに笑顔の仮面をかぶり直して奥へと引っ込んでしまった。


 「話の腰を折りやがって……。――路線を戻すぞ。お前は本当に空斬を殺していないんだな?」

 「唐突だな……。そして事実だよ。僕があのひとを殺す理由がない。あんn……」

 「ああ、言うなよ。君が極度の『足』に特化した『変態』だというのはさっきのクッソつまらない熱弁でわかったから」


 クッソつまらないとはひどいな。足は人が生きる上でなくてはならない存在。そして、ニンゲンがニンゲンを彩る上で最も素晴らしい部位だ。かの偉大なロボットアニメのセリフを引用するまでもなく、顔という見てくれではなく、研鑽の果て美を手に入れる究極の……


 「とりあえず、君の証言を信じるとして、だ。まずはこちらの状況について君に説明するべきだろうな」

 「え、あ、はい。そもそも、あんたらはなんなんだ?」


 昨日、なんだったかな。美脚素足少女に口止めというか、忘れろと言われたから忘れてしまった。確か、魔術師だから魔導師だか言っていた気がするけど。本当にそんなものが存在するのか?


 「僕らは、まぁ有りていに言ってしまえば魔導師っていうやつさ。間違えるなよ?魔術師ではなく、魔導師だ。――最も魔導師というよりも……。ああ、脱線してしまった。悪癖だね。

 とりあえず、僕らがそういう異能の使い手だ、ということを憶えてくれればいい」


 「それだけじゃ情報不足だ。あんたらはどういう形であの炎とかを使っているんだ?ただの『能力』じゃ済まされないだろ」


 実際、どれだけ頑張ってもこの都市にいる発火能力者じゃせいぜい街路樹一本に火をつけてゆっくりと燃やすのが関の山。言いたくて言うけれど、マッチやライターを使うのとあんまり変わらない。

 そこで疑問が生じる。

 じゃぁ、魔導師はどんな形でアレだけの炎を生み出したのだろう。創作物の設定みたいに魔力とかを使っている、としてそれはどれほどの産物なんだろう。


 「こちらから教える義理なn……」

 「――魔法っていうのは神様の奇蹟を奇跡に落とし込んだ技術だよ〜」


 突然、後ろから声が聞こえた。それもあどけないまだ声変わりもしていない幼女の声だ。


 「ったくさー。そんくらい教えたって構わなくない?そもそもカッちゃんが勝手に犯人だとか決めつけて、その前は口封じしようとかするわけでしょ」

 かくして、僕が振り向くと同時に柔らかい、水気なんてまるでない乾燥した感触が顔面に直撃した。


 肉の柔らかさとは一線を画する毛皮と綿毛の柔らかな感触。女の子が大きなテディベアに抱きつく気持ちがわかる気がする。こんなものに包まれたら、安堵感を覚えてまどろみに溺れたくなる。


 「ふふん」

 電子ゲームで遊んでいるきぐるみを着ている金髪少女が、クスリと笑って僕に笑いかける。年は十代前半ぐらいだろう。昨日見た空斬とかいう美脚素足扇情少女とあんまり年は離れていないようにみえる。


 「イド……。一般人に我らの技術を喋る必要は……」

 「うるさいなー。普段しゃべんないこのボクが喋ってるんだ。邪魔しないでよ」


 イド、ちゃん?っというのだろうか。とても眠たそうな眼の少女だ。そしてあまりしゃべらない、と。まるで信じられないな、めちゃくちゃ喋ってるし。


 「そもそもの発端は〜大体14世紀くらいだったかな〜?ダンテ・アリギエーリっていう人が『地獄』から持ち込んだ、っていう人外の技術で〜、元々は神様の奇蹟だったんだ〜。


 でも、奇蹟っていうのは神様が起こすものでしょ?だから、ニンゲンでも扱えるように奇蹟を貶めた。奇跡になるまで、徹底的に、ね」


 要は、元々神様のものだったものを人類が奪った、っていうことか?地獄から持ち込んだというから、てっきり禍々しいものを想像していたけれど、ひょっとしたらすごく神々しいものだったりして……。


 「どうやってダンテが地獄へ行ったのか、そんなのはわかっちゃいないけど、とりあえず『魔法』っていう体系は存在している。で、ここからがほんだーい……っと行きたいんだけどさー。あ!ちょ、とあー!あー!あーーー!!!また減ったー!昨日減ったーばっかだってーのにぃ!」


 連鎖がー!残基がー!、ときぐるみ少女のイドちゃんがこの世の終わりだーとでも言いたげに絶叫する。どうやら、連鎖ゲームをやっていたみたいだ。

 「ちぃ、このゲーム厨が……。――おい、クソ餓鬼。乗りかかった船だ、この僕が直接レクチャーしてやる」

 そして絶叫し続けるきぐるみイドちゃんを無視して、説明係は目の前のニコチン中毒カツェリ君へと移った。

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