第10話 狼は人ではなく、犬に羨望の眼差しをむける―1

 翌日は快晴だった。空に雲は一切なく、都市に太陽の光がこれでもか、というほどに浴びせていた。路上の水滴は一瞬で蒸発し、冷えたタイルを温めていく。太陽の暖かさが心を温めるようだ、とうそぶいておこう。


 いつもみたいにエレベーターを降りてそのまま大学に行こうとした矢先のことだ。マンション地下の駐車場への入り口に人がたむろしていた。野次馬、というやつだ。そして僕もまたその枠に加わった。ガヤガヤとざわめく中、割って入ってくとすぐさまブルーシートに出くわした。


 「Keep Out」と書かれたテープが僕が行ける限度だった。

 ブルーシートの中からは青い鑑識服の警察だったり、制服警官だったりが出たり入ったりを繰り返している。見た目は普通の警察だが、彼らはこの白上都市に在駐している、都市主導で設立された特殊な警察だ。


 次世代都市で次世代警察の捜査戦略のモデルケースも確立してしまえ、ということで九津家が作った、とクラから聞いたことがある。外と比べて科学捜査の精度は比肩するまでもなく、より合理化、効率化された命令の伝達ネットワークの確立による情報共有の迅速化、各種行政機関との連携システムなどなど。外からしたら夢物語と言ってもいい組織機構が実験と称して実現できる財力があるあたり、九津財閥は本当に規格外だ。


 組織名も『NINE』と自らの家名を意識したものになっている。ちなみに『Next Interface of japaN policE』の略だそうだが、それぞれの頭文字を使わないで、スペルの一部を使ってしまっている、というもう自己顕示欲丸出しの組織名だ。


 まぁ、これくらいで説明はいいだろう。これ以上話しても特に意味はない。


 そして、そんな連中が今ガサゴソとブルーシートの向こうで「捜査」をしている。創設されて何年も経っているからその捜査能力というのはかなりいいんだよー、とクラが言っていた。

 実際、もう捜査戦略が確立されてもいいくらいなのだが、なぜか未だに実験を行っている。きっと癒着だな、癒着。


 「それってマジ?」

 クラとその話をしていた時、小馬鹿にされたことがある。そんなのあるわけがないじゃん、とさらに笑われた。

 「そもそも、じせだいーなんて言う時点で常に技術と戦略は更新され続けなければならんのだよ。より効率的に、合理的に、そして超上に。次世代とは今代よりも優れてなけりゃーならんのだよ!つまり、常に新しく、より優れたものを追求するのは、間違いじゃーないでしょ?」


 だから、実際のところ永遠に終わらない実験をしている、というのが結論だ。クラ曰く、今のNINEの捜査戦略は言わずもがな初期のものよりも勝っているらしい。そのせいか、多分そのせいなんだけど、白上都市での犯罪検挙率は驚くべきことに97パーセントという驚異的な数字を誇ることになった。


 街中に監視カメラが設置されてりゃそりゃそうなるわ。

 どうせ、今回の事件もちゃっちゃと終わるだろ。きっと、今日の夜ニュースとか、明日の朝ニュースあたりで犯人検挙で万々歳、だろう。

 朝から自分の住んでいるマンションの駐車場で死んだのが誰かなんて知らないけど、すくなくとも昼頃には身元だって……


 「おい、お前!」

 「は?」

 「ちょっとこっちへ来い!」


 突然、着ているパーカーを引っ張られた。首がいきなり絞められる。喉の奥から胃酸がこみ上げてくるような感覚を覚えた。首を絞められる経験は初めてじゃないけれど、ここまで強引に、かつ唐突に首を絞められたのは初めてかもしれない。


 「ああ、良かったよ。君の首を絞めたら、また僕が痛みを負うんじゃないか、とヒヤヒヤしたものだ」


 人ゴミから離れた街路樹の真下。抑揚のない声で、大男はいけしゃあしゃあとそんな皮肉を僕に向けた。壁ドンならぬ街路樹ドンを僕にかます、というオマケ付きでだ。


 「――で、なんの用?僕は……大学に行かなくちゃいけないんだけど……」

 「おいおい、連れないな。いや、いっそ吊ってしまおうか?ちょうどここに頑丈な縄があるんだ」

 「だから、なんで僕の記憶にないはずの貴方が僕のパーカーのフードひっつかんでこんなところで街路樹ドンなんてするの?」


 見れば、ちょっと焦っているようにも見える。汗をかいているみたいなわかりやすい焦りを裏付ける証拠があるわけじゃないけど、顔が近いから呼吸の間が短いのが伝わってくる。だからか、とてもヤニ臭い。タバコの火をつけたまま、人の顔に顔を近づけるな。


 「とぼけんなよ、糞ガキ。お前がやったんだろ、空斬を……!」

 「はぁ?やった、とかどういうこと?――……ひょっとして僕のマンションの駐車場入り口で死んでたのって……」

 「ああ、そうだよ!君がやったんだろ?あのおかしな能力を使って……!」


 ちょっとまってくれ、と僕は反論した。ありきたりかつ使い古されたネタになるが、僕が彼女が死んだ、と聞かされたのは今が初めてだ。それに、僕が彼女を殺す動悸がどこにある?

 あの場で見逃してくれたことに感謝することはあっても、恨んでぶっ殺す動悸はサラサラない。むしろ、ぶっ殺す動悸というなら、目の前のこの大男の方にある。こいつならぶっ殺しても後腐れがなさそうだ。


 何より!

 なんで僕があんな足がきれいな女の子を殺さにゃならんのだ!あんなにきれいな足の女の子なんてクラ以外じゃ見たことない。素足で歩いても汚れ1つ負わない甘露なまでの白。健康的ではないが、あの純白さは大いに素晴らしい。


 それに毛だって一本もない。つまり、頬を擦り寄せれば、毛という邪魔な障壁なく直にあの滑らかかつぬくもりがあり、それでいて大理石かと見間違う冷たさを味わえるのだ!


 「それを、どうして、殺す必要がある!」

 「……なぁ、君。変態とか言われないか?」

 「失礼な!足フェチ、ナースフェチは男のロマンだ!」


 いや、だからそれが変態なんだよ、と大男はなおもわけのわかんないことをくっちゃべりやがる。全く、理解し難い!

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