第7話 いつか、食べようとしたのに……―1
黄昏時、いろんな意味で綺麗な時間帯。大学の文学部で神話とかを調べているからか、黄昏というフレーズには色々な想いが浮かんでくる。
多くの神話とかで黄昏が強者の失落を表しているように、つまり昔の人はこの真っ黒な夜、というのを失落――つまり一日の終わり、一日の死だとかなんとか。まぁ、兎にも角にも不吉なものとして扱うことが多いわけだ。
実際、日本でも夜は悪鬼羅刹が跋扈する時間であり、旧教では悪魔の使徒である魔女がサバトをする、とか言われている。現代みたいな科学が進歩した時代でなお、暗い場所にニンゲンは恐怖を覚えるのに、いわんや前述みたいなことが本気で信じられていた時は、さぞ夜というのは恐ろしかったことだろう。
現代でも、夜のほうが圧倒的に事件発生率が多いように、夜はおそろしい。黄昏とはその兆候、とも言えるかもしれない。人の死に顔がきれいだ、と言うように境界として役割があるのかもしれない。
能力、Cなんてのを日常的に見てしまっているせいか、僕も随分オカルトに染まったな、と思った。この白上都市内においてのみ秘匿されている能力、能力者なんてのは一昔前ならそういった夜サイドの存在だったのかもしれない、とか思ったりしてな。
しかし、
となると、人知を超えるという意味合いではひょっとしたら他のおとぎ話の中だったり、神話だったりに出てくる魔法だったりなんてのも存在しているのだろうか?わからないから断言なんてできないけれど、ひょっとしたらあるかもしれない。
あるかどうかはわからない。
つまり夜サイドにあるとすr……
「ズダン!」
という音が今した。同時に青い炎が一気に燃え上がった。青マーカーの青ではなく、いっそ洗練された青によって形作られた不純物なんて一切ない、完全燃焼の産物が僕の十数メートル先で光り輝いた。
はるかに離れているのに熱を感じ、僕のパーカーの裏地に汗が滲んでいく。5月だからまだ多少は涼しいのに、そんな涼しさはどこへやら。一気に燃え上がった青い炎は
大学にも炎を発生させる能力者というのは存在している。しかし、こんな周囲のカ氏温度を一気に上昇させるほどの熱量をいきなり放出できるなんて馬鹿げた存在はいなかった。少なくとも僕の知る範囲ではいない。
大体、おかしい。
能力者はすごい、とか思われているけど、実際はそこまですごいことなんて1つもない。処理できなかった情報が現出した、と言ってもその情報量なんてデータ量で考えればメガ程度だ。
久世ちゃんみたいな能力者は稀有だし、学園にいる能力者の多くはライター三本分の炎を放出したり、磁力を少し操れたり、あとは風を物理法則を無視して起こしたりだったりと、どれも微妙なものだ。
仮に、久世ちゃんみたいな能力者だとしても……いや、久世ちゃんみたいな異常な能力者だとしたらまずい。いくら夜で、人気がないアパート街だとしても、一般的に存在していない、とされている能力をおおっぴらに使うようなやつが普通な人間性を持っているとか、ありえない。
「―
顔は視えないけれど、ベージュ色のサマーコートを着た男が生け垣に向かって英語でそんなニュアンスなことを言っていた。身長は僕より高く、1メートル90センチくらいはあるであろう巨躯の大男が中二病でも発症した、とは到底思えないほど、低い声だった。
「h,
訂正、違ったようだ。
よく見ると茂みの中に顔が半分くらい焼かれた男がうずくまっていた。革のジャケットとジーンズを着たその男の顔からキラリと輝く水滴がいくつもこぼれ落ちる。体を小刻みに震わせて、左手をかざして静止を試みている。
見れば輪郭がはっきりするほど、赤黒い血が外灯に照らされている。腹部でもやられているのだろうか。救急車でも呼んだほうがいい状況だ。男も必死に『助けてくれ』だの『待ってくれ』だの連呼している。
だが、大男が慈愛の表情を浮かべて、そうかそうかということなんてなかった。ようやく視えた大男は声によく似合う冷たい顔でタバコを噛み潰していた。糞虫のみっともないあがきに、苛立っているかのようだ。
「僕が聞き
外灯に照らされた男の顔がはっきりと僕を見据えた。コートの下にはストライプが入ったスーツを着て、履いている革靴はいっそ滑らか、と言うほどに光沢がのっている。
どこぞの中堅会社の社長、といった風貌の顔色の悪い男は、わずらわしい、と言わんばかりにタバコを噛みながら、僕を睨んでいた。
「君は、何も見ていない。……まぁ、こんなことを言っても無駄だろうがね」
「何を言っているんですか?僕は何も見ちゃいませんよ?」
「どうだろうね。助かりたいから何も見ちゃいない、と言うだけの口だけ野郎はいくらでも見てきたからね。本来だったら人払いの結界でも張っとくところだったんだが……これは僕の落ち度かな?」
そうだろ。人払いの結界とやらが何なのかはわからないが、とにかく僕が今こいつに遭遇してしまったのがこいつのせいだと言うんだったら、僕が因縁をつけられるのは筋違いなんじゃないか?
「そもそもこの街で僕が見られること自体が問題なんだよなぁ」
ちょっと待ってよ。
「だから、悪いね。一瞬で殺してやるからさ。――『素より許されざるものは火となる』」
炎が浮かんだ。狐火、いや鬼火にも似た無数の青白い炎が浮かんだ。さっき彼が見せた青い炎。それと同じものが周囲の生け垣、街路樹を燃やして、展開された。おおよそ、見られたくない、なんて言った言葉とは裏腹に派手な光景が視界いっぱいに広がった。
「っつ。変換量を間違えたかな。これはちょっとしたボヤ騒ぎでは収まりそうにないね」
いや、そんなことより今の状況はピンチ以外の何者でも有りはしない。このままだと……
「だが、これもまた運命だ。すまんね、少年」
無数の炎が視界いっぱいに広がった。それは夜なのに、空を明るくするほどの光量で、青空が迫ってくると錯覚させた。
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