第8話 いつか、食べようとしたのに……―2

 波のように押し寄せる炎は僕を飲み込んでいく。不思議と、熱さは感じなかった。心地よさすら感じた。温かい湯に浸かって気持ちいい、と感じるように僕の肌を休ませていく。

 そして。


 それはすべて一瞬で消え失せた。


 「は……あ?」

 大男が眼を見開いて驚嘆の色を浮かべた。口からよだれまみれのタバコが落ちる。ピシャリ、という音がした。


 直後、大男の胸元めがけてさっき僕を襲った炎が直撃した。胸元は焼け焦げ、もんどり打って大男は地面に背中をぶつけた。受け身をとるのを忘れるくらいには動揺しているようだった。


 だから……だからほんと最悪だ。

 僕に攻撃をしようとするから、僕を不幸にしようとするから、こうなるんだ。僕がいくらかかわらないで、と言ったところでこうやって不幸がくる。


 「く、う……なんだ?僕の攻撃を……反射した?」

 「違う……違うんだ。違うんですよ。そうやって、反射とかすっごいかっこいい言葉ならべないでくれ。自分で自分が……すっごい嫌いになる」


 「この都市が能力者というのを飼ってることは知っていたが……。ふむ、どうやら脅威度の認知を改めねばならないな。反射でない、とか言っていたが、まぁどちらにせよ防御能力には違いないわけだ。

 じゃぁ、処理限界まで付き合ってやろう。『素より許されざる青き炎。いざなえ、そして沈めろ』!」


 さっきよりもさらに威力を増した炎が僕を襲う。でも、関係ない。どうせ、また。

 炎はすべて大男に返される。僕を一瞬でも包んだかと思えば、それはすぐに一瞬で消え失せて気がつけば大男に消え失せた炎のすべてが向かっていった。


 消え失せる時点で反射でもなく、相手に返る時点で能力の無効化なんてちゃちな能力じゃぁない。ちゃちって言うとかなりテキトーな能力のように思えるけど、実際そのちゃちが僕には愛おしい。ちゃちな能力っていうのは考えるのが簡単で、気が楽だ。

 人並みのコンプレックスだの優越感だのが持てるから、心持ちがとても楽なんだ。だってそれはあくまでも自分一人で解決できる問題で、自分がやろうと思わなければ誰にも迷惑がかからない。


 「な……どうなっている?もう何度も撃ち込んだぞ?どういう防御だ。なんで未だに壊れない?この僕の……」

 動揺を隠そうともせずつばを吐きまくる大男のすべての注意はもう僕にすべて向けられていた。気がつけばさっきまでいたぶられていた男の姿はどこにもない。畜生、僕を囮にして逃げやがったな。


 そして目の前の大男。こいつの動揺に答えると、それは一文で済む。

 『僕は絶対に不幸にならない』だ。

 僕に降りかかる不幸は全部近くのニンゲンにあっちへこっちへゆーらゆら。今回は大男に全部行ったけど、もし近くに誰かがいたら、と思うとゾッとする。つまりは、名前も知らない誰かが燃え上がるってことじゃないか。


 反面、目の前のあいつは胸元とかが燃える程度。体を炎は襲ってはいるけれどそれが苦である、といった様子じゃぁない。きっと、僕が喰らった攻撃を何千何万と喰らってもあまりダメージを受けないのかもしれない。

 だとすれば、この男には遠慮なんてする必要がない。逃げる必要もない。いっそ超上に振る舞ってしまえ。僕はお前に対して絶対的優位なんだぞ、と誇ってしまえ。


 さっき、少しだけ後悔したけれど今は清々しい。クラに会って以来かもしれないこの晴れ晴れしい気持ち。

 僕という存在を大肯定してくれるほど、理不尽なクソ野郎!素晴らしき状況!これぞ、感謝!まさしく感謝!


 「僕はさ、思うんだよ」

 「hぁ?」

 「今、この状況は僕にとって素晴らしい状況だ、ってさ。自分の全力を出せる、とかいう状況は人生長しといえど、そうはないだろう。いつも、ニンゲンは全力を出し惜しみして、適度な力を出すものだ。


 でもさ。もし今のような状況が唐突に訪れたとして、自分の全力を出さなきゃ切り抜けられないとして、さぁニンゲンは唐突な状況の中全力を出せるか?僕は出せないだろーな、とか思うよ。不敬かつ超上かもしれないけどね。


 でも相手に対して、状況に対して全力を出さないなんていうのは失礼だろ?失礼だろ?失礼って言えよ!――だから、僕は貴方に対して全力で相手してやる。すべて受けきって、そして勝ってやる!」


 「長い演説だ。そして心底くだらない。吐きそうだ。全力?相手をしてやる?何も知らない雑魚が!邪魔をするなよ、能力者!一般サイドのニンゲンが、魔導師に関わろうとするな!」

 「魔導師?……ほんとに実在したんだ……」


 「『主に見放されし稚児らよ……。神に名を刻まれぬ魂、十戒に縛られぬ自由なる魂、逃れ、欺き、一時の自由を謳歌せよ!』」


 蒼龍、とでも言えばいいのかもしれない。青い炎を撒き散らすだけの男の手から蒼い炎が噴出したかと思えば、それは蒼炎を体に帯びた龍へと形を変えていった。中二病全開、というか下手な中二病よりもなんかダサイ詠唱みたいなことして生まれた産物とは思えないほど、おどろおどろしい。


 「燃やせぇ!」


 蒼龍は大男の命令に呼応して僕へ突進を開始した。多分、僕が傷つくことはない、とわかっていても恐怖は感じる。足を動かそうとするが、動かない。またたく間に僕の体は炎の中に飲み込まれた。

 しかして、それがなんだ?

 炎は全部あの大男に返るだろう?


 ゆらめく炎の間で大男の顔を垣間見た。胸元が焼けているというのに平然と立っているあの男でも、これだけの炎を受けたら……

 「あっつ……!」


 いきなり感じた熱さ。その熱さはまるで骨そのものをドリルでゆっくりと削っていっているようだ。ちょうど、麻酔なしで歯を抜くみたいなものだ。クソいてぇ。でもなんで、だ?


 「熱いか?」

 地面に転がる僕に向かって、大男が聞いてくる。彼もまた体中から薄黒い煙が立っていた。サマーコートは焼け落ちて体中にはやけどの跡が見受けられた。僕の不幸が返った結果なんだろうけど、でもなんでそれなら僕にも炎の熱さを感じるんだ。


 「どうやら、炎の出力を上げたことで僕に返ってくる炎の総量をオーバーしたみたいだね。反射だろうが、消去だろうが、なんだろうが防御系の異能なんてのは全部必ず限界値っていうのが存在するものだ。君の能力がどんなものかは知らないけれど、今の僕の炎はさっきまで君が返していたものの約30倍のエネルギー量だ。ふむ、このあたりが君の限界なのかな?」


 不幸の回避の限度?

 不幸っていうのは常に幸運と一緒にいつ来るかわからないものだ。車が水たまりの泥を撒き散らして水が足にかかったり、何もない場所で転んだり、ゲームのセーブをし忘れたり、美人ナースに痴漢を間違われたり、とか。つまりは不定期。

 そんなものに限度なんて設けるものか?


 ただ、あくまでこれは僕の自論。自分で自分の都合のいい方向に考えているに過ぎない。

 「さぁ、どうする?炎は消えてくれたが……あれで終わりと思うなよ。次はもっと、もっと強い一撃を見舞わせてやる……!」


 「そう。でも、それだったら僕にだって考えがあるんだよ!」


 瞬間、僕は踵を返して、その場から逃げ出した。

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