第6話 甘いせんべいはお好きですか?―4
まるでコクーンのような外見の部屋、それが今僕らがいる部屋だ。材質不明の麦色の壁で覆われ、中は異様なほどに寒い。まだ5月15日だというのに部屋の設定温度は20度以下となっていて、鳥肌が立つ。
部屋の中は驚くほど簡素。
エジプトの王様の棺に似た直方体が置かれているだけだ。部屋の主の見た目の愛らしさとはまるで相容れず、しかしその内面とはカメレオンと同じくらいにマッチングした内装。
窓などはなく、完全にシャットアウトされた場所。いっそ、牢獄とすら言ってもいい。今のニンゲンに漫画もなく、ゲームもなく、そしてスマホもない生活ができるだろうか?
僕にはできない。もうしたくない。
この部屋はまさにそれだ。入り口は僕の背後にある円形のドアしかなく、外部とはネット関連は元より、通気口以外の何もかもがカットされている。
「にひー、でもそんななかでもはーくんは止められんのだなー」
その通りだ。
止められない。
足を組んで棺の上にクラが座った。両手で自重を支えるような形で彼女は天井を覗いている。
直後だった。
無数の黄金色のラインが彼女の手のひらを中心として放物線状に麦色の壁を覆っていく。
電気なんて通っちゃいない棺から放たれた無数の黄金色のラインはまたたく間に部屋を黄金一色で染め上げ、かくして影すら生み出させない光しかない空間ができあがった。
まぁ、そんなことよりだ。
明るすぎるてめぇと違って俺は視えているんだよ光を抑えろていうか消せさっきから眼がチカチカすんだよそれくらい言わなくてもわかんだろうがこの阿呆。
「はいはい」
「なんでクリアブルー?消せよ」
めんどーい、とクラは投げやりな様子で棺の上に寝転んだ。白い素足ががん見えしてちょっとだけ欲情してしまう。毛根1つなければ、傷だってない。爪も綺麗に整えられて、筋肉のゆるみもないほどしまった足。これに欲情しない男を僕は男と認めない。
だって、そこに天使の翼と見紛うばかりの滑らかにして、清純、そしてアイスクリームにも似たしっとりとした生足がこれでもか、と転がっているんだぞ!僕は声を大にして言いたい!
「こここそが
そして自分で言ってすぐに恥ずかしくなった。何より唯一部屋にいるクラの眼が痛い。彼女のゴミを見るような眼がズキズキと僕の心臓に刺さってくる。アニメとかにもある心臓をゆっくりえぐってくる殺人鬼に刺されている時はきっとこんな気分なんだろう。
「……そーいえばりっくん」
「何?」
いい加減立っているのも疲れたので、僕が床に座ってしばらくすると黄緑色のラインが数本、クラの背後で光った。それは脈動した血管にも似ていて、ドクリドクリと脈を打ちながら壁から浮き上がった。先端は黒い虚空が空いており、虚空を起点として薄氷ほどの厚さの長方形の映像が出現。
「ねぇこれどんな感触だった?」
「そうだね、気持ちよかった。で、それでどうしたの。怒っている?」
「あ、?あー。ひょっとしてはーくんが画像のメガネっ娘ちゃんに嫉妬してるとか思っている?そんなことあるわけがないじゃん」
だろうな、と僕は返した。こいつと最初に会ったときにこいつは言った。
「『
それがりっくんが望むんだったらどんな関係だっていいの。それが”はーくん”が臨んだことなんだよ』」
と。
出会ったのが二年前。会わなかったのが約半年。その間、こいつは一度もブレやしない。
だからこそ、そんなこいつに僕は寄生しているんだ。こいつのニンゲン性に寄りかかって、その大理石未満の強度の体に甘えている。崩れるかもしれない脆い感情のニンゲンにだっこにおんぶなニンゲンだからな、僕は。
「超上からになるけどさ、どんな関係だってニンゲンは結べるはずなんだよ。例えばこの映像のメガネっ娘ちゃんとりっくんの関係は友達だよね?でも、それ意外の関係だって結べるさ。さっき言ったみたいにね。でもさ、そんな関係はーくんなら結べるんだよ、いつだって」
「あてつけか?」
きっと、そうだろう。行けるはずなのに行かないこいつがどんなフラストレーションをためているのかなんて想像に難くない。だから、こうやって心にも思っていない言葉を適当に羅列して当てつけをしているんだ。
超上。
こいつが何かを言うとそう感じる。実際の超上からかけられた言葉は僕の超上を気取った意味のない言葉よりも痛々しくて、とても腹が立つ。
「久世ちゃんはいい人だよ。だから、当てつけなんてつまらないことをするなよ。関係が壊れることなんてないんだから」
「でもそれで安心できるニンゲンはいない。とどのつまり、ニンゲンなんてのはどいつもこいつもつまらないことを言うよね、って話。信じてあげようよ、といくらこっちが言ってもイエス、と言えない。
当てつけ?嫉妬?じゃーないよ。はーくんは別に面白いのが見たいとか、鬱憤を発散したいから言ってるわけじゃーないんだよ?これはりっくんが望んだセリフじゃないか」
クラはクスリと鼻で笑うと、ぐるりと体ごと僕に向いた。長い髪の毛が顔にまでかかり、体をくねらせるとそれらの髪は彼女の足や体へと絡まっていき包装されていった。
「はーくんはりっくんのしたいことをしている。でしょ?」
ああ。そうだな。ほんと超上だよ、こいつは。
結局、その日の黄昏時まで僕はここにいる羽目になった。ifの話をするなら、いない僕がいたかもしれない。だがそうはならなかったんだから、つまりは運命とやらそう回ったんだろう。
こういうつまらないことにも運命が介在しているのかも、と思うあたり僕はひどい性格をしている。目の前のこいつと同じくらいに。
目の前のいつの間にか寝ちまったこいつも大概だけど、僕もまた大概。自分、ではなく、運命に寄生する。そんなつまらない運命論者。いや?言い訳として運命を使うあたりが僕というニンゲンのクソッタレ具合にカラフルなオリジナルペイントを塗りたくっているようだ。
「ほんと、超上だよ」
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