第4話 甘いせんべいはお好きですか?―2
第七白上都市大学第六食堂。
大学内に全10個ある食堂の1つであり、最も小さい。メニューのレパートリーも少なく、人気はあまりない。はっきり言って、ここを使おうとするニンゲンはかなり物好きだ。
「つまり俺も、お前も物好きだ」
透き通った水色の長髪を後ろで束ね、八重歯の犬歯を覗かせて僕の隣に座っている高身長の男が、揚げ足取りのようにそんなことを言った。
「であればあたしもだね、と同調」
そしてもう片方で豚汁をすすりながら、笑うのは肩にかかるくらいの黒髪で理知的なイメージがあるメガネ系女が同調した。
水戸ヶ原 圭。それが水色長髪の男の名前だ。僕と同じ講義を複数取っていて、学部も同じだからか関わることがとても多い。
成績はほどよく中間。リアルに中間なんだ。よく大学を自主休講するから出席日数は芳しくないが、何らかの魔法でも使っているのか、彼の出席日数は必ず◯、つまり出席していることになるらしい。
もう片方は久世 唯。彼女は僕と取っている講義は1つも噛み合っていないし、学部も全然違う。もう理系と文系くらい違う。接点なんて全くないはずなのに、彼女は僕の前に突然現れて、「やぁ、Mr.さん、と挨拶実行。同学年の久世 唯です、と自己紹介」されたのがきっかけだ。
理系の学部のニンゲンらしいけど、本当のところはどうかはわからない。
そして一番重要。二人ともこの大学じゃぁ珍しくもない『能力者』である。
<特殊名詞――『能力者』。
能力者とは、人体の脳みその活動が活動可能領域を突破し、余剰情報が溢れた人間。学術名称―Over-Capacity、略称OrC。余剰情報は個人によって様々であり、結果として『能力』(以下Cと明記)と呼称される未知の現象となる。
Cは多くにおいて文明レベル相当、人類が可能な技術相当であるが、極稀に現存の文明レベルでは理解し得ないCを発現する人間も存在する。
発現経緯は様々であり、先天的にCを獲得しているものもいれば、後天的に獲得する場合も存在する。余剰情報の発現原因は不明。過度のストレス、破壊衝動、IQの過剰突出による脳内の暴走など多くの仮説は存在するが、詳細は不明。>
水戸ヶ原君はどんな能力なのかは僕は知らないけど、久世ちゃんの能力はよーく知っている。むしろ、この大学で彼女の能力を知らないニンゲンも少ないだろう。
俗に言う『
ただし、頭の中でおかしいレヴェルで飛ぶ位置をまず単純な緯度・軽度で計測、設定し、自身の行動半径を100×100のマス目上に設定、最後にそのマス一つ一つにx軸、y軸、z軸を設定してようやく転移できるとか。
それを一瞬にして行うなんて、僕には想像ができない。まるでラプラスの悪魔。限定的とはいえ、彼女はそれとして機能している、らしい。
「うーん、この豚汁はやっぱ美味しい、と賞賛。そして、何を不機嫌そうにしているのMr.さん、と疑問提示」
「そーだぜぃ?せっかくこの俺が豚汁定食をおごってやるって、口にもせずむずかしぃー顔で黙っちまってよぉ」
好き放題言う彼らに僕は大きくため息をついた。
「だって久世ちゃんがいきなり抱きついてくるからでしょ?しかもご丁寧に転移までして」
「それはすぐに君に会いたい、というあたしの気持ちの表れだよ、と回答。そもそも、能力の使用はこの大学及び系列の小中高で認められている、と反論。ゆえに、あたしの行動にはなーんのイリーガル性もないのだね、と反論補足」
モラルというか、暗黙の了解の話をしていたはずなのに、僕の意図が伝わらなかったのかな。
「おいおい、りっくんよぉ。ある意味じゃご褒美だぜぃ?こんな美人のメガネっ娘のおぱーいのかんしx……だああっつ!!」
セクハラは裁かれるもの。豚汁を持った久世ちゃんが水戸ヶ原君の目の前に、つまり机の上に転移して、茶碗の中の豚汁を思いっきり叩きつけた。げほぇげほぇと水戸ヶ原君は鼻孔から茶色い液体を吐き出し、吹き出し、恨めしそうな眼で久世ちゃんを睨んだ。
そして能力者二人が取っ組み合いを始めた。互いのほっぺを引っ張り合い、腫れたほっぺをひっぱたき合う。面白いな。男と女のキャットファイトだ。
「つつっ、と状況開示。ひどいことおをするものね、と暴行批判」
「そりゃ、こっちのセリフだっつーの。あー鼻に入ったのが口から漏れてきやがった」
ひとしきりとっくみあいキャットファイトをして、二人は悪態をつきながらも、とりあえずは収まって互いに睨み合うだけにとどまってくれた。おかげで僕は安心して豚汁定食が楽しめる。
「いやー、今日の午前中はひっどいものだよ、と文句吐露。量子力学的実験なんて言って、ただの算数で求められる程度のもんなんだぜー、と文句吐露拡大」
「理系畑はそんなことやってんの?うちらは講義だけだってのに、随分と面白いことやってんじゃねーか」
「面白い?、と疑問。それは嘲笑ものだね、と嘲笑。光速を超える速度で粒子を加速させて新しいエネルギーを創り出そうとするなんて失敗するよ、説明。加速用のチューブが内部爆破しちゃったんだから、と説明補足」
白上都市らしい実験だな、と思った。そしてそんな実験に参加しているあたり、久世ちゃんの凄さがわかる。次世代エネルギーの開発実験に携わる大学生だなんてありえない。
「九津財閥が主導している実験でしょ?そんなの僕らにゲロっていいわけ?」
「さーねー、と回答不明瞭。別に口止めもされていないから、いいんじゃね、と軽率発言。それにどうせ失敗してんだしね、と苦笑」
「でもってその実験終わってりっくんのとこにジャンプした、と」
「ま、講義が終わるのを見計らって、だけどね、と補足」
久世ちゃんはニヤリと蠱惑的な笑みを浮かべてウインクをして見せた。これがナース服とかだったら迷わず鼻血でも吹き出していただろう。だが、あいにくと今の体にフィットした灰色の薄手のセーターwith下はチェックのショートスカートの黒のストッキングでは扇情的ではあるけれど、欲情できない。
「Mr.さんはどうだった、と話題投擲」
「寝てた」
「俺も寝てた」
「くっそ野郎だね、と心底軽蔑」
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