第3話 甘いせんべいはお好きですか?―1

 開眼。

 判別不能な声と共に深緑色の区切られた壁が目に入ってきた。いや、違うか。黒板だ。と思った矢先、黒板の前に立っている男が白い棒で黒板を叩くと、青白いラインとともにドイツ語の例文とその和訳なんかが浮き上がった。


 ああ、そうだった。

 あれは電子黒板だったな。僕の通う大学ではありふれた科学の産物。扇状の階段教室のどこからでも見れて、今僕はドイツ語の講義を受けている、だったか?選んだけれど、眠すぎてがっつり寝ていたみたいだ。さっき時計を見たときは9時だったのにもう10時半近くになっている。


 一時間半も寝ていたのか。

 まぁ、そんなに居眠りしているのに注意しないあたり、今眼下で講義をしている教師もあまり真面目に講義しているわけじゃないんだろう。周囲を見れば、ちらほらと居眠りをしている生徒はいる。


 だけど、この光景は日常茶飯事。うちの大学ではありふれた光景だ。講義している教師もやる気がないのと同時に、ダレた雰囲気の大学なんですよ、とわかっているからあえて口を出そうとはしない。

 別に授業態度が成績に関わってくるわけではないし、成績だって年五回ある定期テストの結果がまるまる乗るだけ。予習、復習だけしていれば大学の講義にちゃんと出席しているだけでいい親切設計。


 書類一枚にサインしたら入学証書と卒業証書(期日指定)をセットで郵送してくれるに適当な大学で、教師も教師で決められた期間とりあえずくっちゃべっていて下さい、と暗黙の内に告げられているわけだから、前にも言ったようにやる気が出ない。実質タダ働きみたいなものだ。


 普通の大学というものがこんなふざけたシステムでないことはわかる。どんな三流大学だってこれよりもシステムはしっかりしているに違いない。教師はとりあえず生徒と関わろうとするし、生徒は困ったら教師に頼る。それが普通の大学、というか教育機関の生徒―教師の関係だと僕は思う。


 つまり、異常が日常のしごくふざけた大学がこの場に存在している、ということだ。

 大学だけじゃない。少なくともこの大学の、第七の系列の教育機関はどこもかしこもこんな感じだと思う。


 日本は中部地方と東北地方の境目。そこには白上都市と呼ばれる巨大湖上都市がある。人工的に造られた巨大な湖の上にポツンと浮かんでいるその都市は湖周辺を山々に囲まれて、五方へと伸びる鉄道橋と幹線道路が上下組み合わさった橋以外の交通アクセス方法がない閉鎖的な都市だ。


 水道発電、地熱発電、風力発電、太陽光発電、宇宙に設置された太陽光発電用衛生によるマイクロ波受信などによって電力を集める超エコロジック都市であり、約二十年前に世界的な大財閥である九津ここのつ財閥が次世代都市のモデルケースとして巨資を投じて完成させた。


 耐震構造は常にアップグレードされ続け、例え都市直下型の自身が襲ってきても都市自体に振動は伝わらない設計となっている。次世代というよりも次世紀都市のモデルケースと言ったほうがいいかもしれない。

 使われているのは既存の技術、あるいはそのアップデートバージョンにもかかわらず、外とのインフラ設備や交通アクセスなんかは大分違ってくる。言わずもがな、白上都市の方が優れていた。


 人口は約四十万人であり、その75パーセントは九津財閥関係者とすら言われている。実際、都市内に拠点をおいている企業なんかはほとんどが九津財閥の傘下企業であるわけだから、あながち間違いではない。

 そして、今僕がいるこの大学、第七白上都市大学もまた九津財閥の傘下という立ち位置にある。


 ――言い忘れていたが、残り25パーセントはただの学生だったり、主婦だったり、関連企業以外に努めている会社員だったり、ナース喫茶のおねぇさんだったり、花屋のおねぇさんだったりする。あるいは都市の外から来た誰かだったりする。


 第七白上都市大学。

 白上都市に存在している8つの大学の中で、唯一特別な大学。理由は色々あるけれど、一番の理由はやっぱりこの大学が都市内で唯一の……


 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。


 ちょうどその時だった。ちょうど授業終了のチャイムが鳴った時だった。

 僕の背中に柔らかい、マシュマロみたいな感触と甘い砂糖の匂いが僕を襲った。後ろから抱きつかれ、白い細腕が出現した。


 「動揺の匂いがしないわね、と失望」


 そうだ。この大学にはこういった、『能力者』と呼ばれる連中がいるんだ。


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