第2話 彩りのよい絵の具を選びましょう
「gh……あ……」
生暖かい、人の唾液が僕の左手に浸透していった。ドクンドクンと波打っていく空気の塊と親指の間でゴロリゴロリと回る玉の感触に誘われて、力がより一層強まっていった。
ゴキゴキと不快な音を立てて、白い細枝が折れかけていく。
あるのは衝動。今ここでとにかく目の前のこいつをぶち殺して、壊してやりたい。そんなひどく自己満足的な愉悦が僕の頭の中でアドレナリンみたいに分泌されていって、込めていって、込めていって。
空気を送れない中、漏らす嗚咽がたまらない。抵抗しようと僕に手を伸ばすその姿が大好きだ。
苦しみで歪んでいく彼女の瞳の色、僕を信じて笑っているやつの瞳の色がどんどん薄く、半透明になっていく光景なんて絶頂ものだ。ああ、自分が見たいのはこいつじゃないんだ、と心の中で諦めていく彼女の内心が隅々まで伝わってくる。
瞳の色が完全に消えれば次は肌だ。血の気が薄れていって、白骨よりも白くなる。肉を削ぎ落とされた牛骨よりも白くて、なめらかな質感の西洋人形になっていく。石膏で固めて永遠の美を求めるよりも、僕はこの一瞬が見たい。
一瞬のためにあと何分使えばいい?事切れるまではどれくらいだ?早く、早く、早く!早く僕に見せてくれよ、裏切られ、絶望して、殺されて!どんな顔になる?胸部は?下腹部は?耳は?髪の毛は?
どれだけ勃つ?濡れる?あるいは血管が弾ける?抜ける?人体はアートだ。人の体は絵画のためのキャンバスとパレットを一緒くたにしたような混合物だ。彫刻なら大理石と細工刀だ。
でも僕がやろうとしているのは、どちらかと言えば陶芸だ。どんな形なるのかな、と想像して、僕は僕の手というろくろを使って、彼女をきれいで艶やかなツボにでもしてしまおう。
「gh……ぃ、っくん……」
――なんだい?
像なんてもう写していない彼女にゼロ距離で近づいて、瞳と瞳を鏡合わせにするようにして、聞き返す。一体どんな言葉を紡いでくれる、と期待して口腔へ口腔を近づけていった。
「ぃま……わrぁってぃるぅ?」
――ああ、笑っているよ。それで?
「んぁら、ぃぃよぉ。貴方が笑っていることがx……私の……望みなのだkxrぁ」
そう言って、彼女は引きつった笑顔を僕に浮かべる。幼児がビジネス用語で会話をするような違和感。もどかしい。とてももどかしい。
感情が揺れて、僕はどうしようもなくなる。もう少しで登ることができた大滝に直前で叩き落されたサケの気分だ。
やっと、やっと。
こんなつまらない感情で。
そうしている間に直に彼女から伝わる体温がなくなっていった。僕はゆっくりと自分が芸術だ、アートだと思っているものから手を離していく。さっきまで感じていた唾液のぬくもりも今は冷たく、霧状になって冷たくなっている。
綺麗だ。でも、このもどかしさはなんだ?いつも目の前を走っていたこいつはもっと綺麗だった。今も美しいのになんでそんなことを思うんだ?
――そうやってまた僕は思考して、闇の中に意識が埋もれていった。
*
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