八章ノ壱『ケイカ薬学院入院式』


 ケイカの薬学院の入院式当日。

 寮へと前日から荷物をダブハとアシュとで運び入れたカロナは、同室の友で次頭のノノと一緒に制服を身に着けていた。

 単頭であるカロナは胸元に金月花を、次頭であるノノは銀陽花を飾っている。ちなみに、末頭であるトスルの胸にはデンレと呼ばれる木の枝がかざられているが、それはデンレの枝先がうな垂れた末頭の合格者を表しているためとされている。

 カロナの首には、ロウから届いたスイリュウの護石が内側に大切に身に着けられ、頭にはカイナが送ったキリン草を模ったの髪飾りが控え目に飾られていた。

 濃い緑の髪に薄いその髪飾りが、程よく主張している。

「綺麗な色の髪飾りねカロナちゃん!キリン草でしょ!」

「うん、お母さんがくれた入院祝いなの」

 そう言うカロナは、八歳にしてもう森の民の美的な容姿が風貌に現れて、ノノの隣に並ぶと年齢の差がずいぶんあるように見えてしまうほどになっている。

 ノノが身長的に低いのも合わさって、二人が一緒に歩くと姉妹のようだと言う者もいる。

 ノノは黒の髪に黒い瞳で童顔に低身長であるため、学院内で歩くと迷子と思われてしまうことがあり、できるだけカロナと一緒に歩くようになったのも、二人が姉妹みたいと言われる要因になった。

「ニャ~」

「あ!メイちゃん!ほら!こっちおいで~ほらほら~」

 ノノがメイちゃんと呼ぶ白猫は、カイナの傍からにいた猫の姿の猫仙人であるシャンリンメイだ。そして、ノノはその猫の可愛さに日々声を高くしている。

「どこ行ってたの、あんまり危ないところに行ったらダメだよメイちゃん。大体学院の先生には言ってないんだから、見つかったら追い出されちゃうよ」

 カロナが床の位置にいるメイちゃんに言う通り、その白猫は勝手にカロナについて来てしまった猫、ということになっている。

 実際にはカロナと同室のノノ以外には見えないように、仙人の力で普段は姿を隠している。

 白猫がどうしてカロナの元にいるのか、それは今のところ彼女本人にしか分からない。

 カロナは白猫を抱き上げるノノに、制服が汚れちゃうよと言うと、白猫は内心汚くないニャと思う。

「大丈夫だよ!メイちゃんに汚されるなら本望です!」

「私はメイちゃん苦手だな~、何か……猫と思えないから……」

 カロナは白猫の真実は知らない、が、人狼で守杜の血脈である彼女ならではの勘で、違和感を感じていた。

 やはりロウの血筋ね、勘が良いのは良い事よ。

「カロナちゃんは猫嫌いじゃないんだよね?どうしてメイちゃんは抱っこしないの?」

「どうして?え~っとね、とても失礼な気がするの、メイちゃんは凄く存在が貴い気がするからかな~」

 そう言われた白猫は、まんざらでもない様子で尻尾をうねらせる。


 そんな白猫を寮の自室に置いて、二人で学院内にある屋根のある吹き抜けの広場へ廊下を使って移動する。もちろん、白猫は姿を消してその後をついて行く。

 院内は土足であるため、よく見れば足跡もあったりするが、殆どの廊下が綺麗に雑巾がけされていてホコリなどは全く無い。

 カロナとノノが廊下を歩いていると、皆が歩む動線で二人の前に男子院生が一人で待っているのを見つける。

 その男子院生は、その視線で二人を捉えると、ニコリと笑みを浮かべて名前を呼んだ。

「やぁ、カロナにノノ、遅かったね、女の子だから当然か」

 そう言うのは、デンレの枝を胸に飾る末頭合格者のトスルだ。

 ノノは、明らかに不機嫌そうに眉を顰めると一応挨拶をする。

「待ち伏せをしているそちらは、末頭のトスルではありませんか!おはようございます」

「無礼なのか丁寧なのか分からない挨拶だねノノ」

 二人のやり取りが終わるのを確認したカロナは、ニコリと軽く会釈してみせる。

 すると、三人の隣でカロナに見惚れて突っ立ってしまっていた男子に、カロナの横顔に見惚れてしまった男子がぶつかって、三人の視線がその二人へと向く。

「大丈夫?怪我とかない?」

 カロナがそう声をかけると、二人はカロナに向かって直立して、大丈夫です!と言う。

 頭の後ろで長い緑の髪を束ね、束ねたところに飾られた髪飾りに、微笑みが合わさると同じ歳の男の子は頬をポっと赤く染める。

 その奥で先を進む女子の集団の中から、〝ッチ〟と舌打ちが鳴るが、その時はカロナやノノには一切聞こえない。

「ここで僕たち……いや、カロナがこうしてたら後ろが詰まってしまうから、歩きながら話そうか」

 そうさりげなくトスルは二人の間に入って手を繋ぐと、ノノは反射的に手を払ってからカロナとトスルの間に割って入る。

「カロナちゃんと手を繋ぎたいだけでしょうが!やらせませんから!」

 キョトンとするカロナに、ノノは気を付けて下さいと言う。

 トスルは割って入ったノノの手を繋ぐと、仕方ないな~と呟いて歩き始める。

「カロナちゃんは友として私が守ります!安心して下さい!」

「?うん、よく分からないけど、ありがとうノノちゃん」

 そうしてカロナたちが広場に集まると、そこには数百人の上級生たちがいて、教諭も一同に並んで立っていた。

 新入院生たちは入口の教諭に促されて列に並ばされる中、カロナとノノとトスルは教諭によって別の教諭へと案内が変わる。

 それは元々聞いていた通り、単頭次頭末頭の三人は全薬学院生の前で名前を呼ばれる恒例の行事を行う必要があるためだった。


「単頭満点合格者!カロナ!」

 名を呼ばれたカロナが、壇上の脇からサッと中央へ現れると、上級生たちはザワザワとどよめきが起こる。

「か、かわいい」

「綺麗で、可憐、それに頭も良い」

「緑色の髪って珍しくね?」

 そんな男の子たちの声に、女の子たちの中からは少しだけ否定的な声が漏れる。

「別に可愛くもないでしょ」

「ああいう娘は、将来老け顔になるって母さんが言ってた」

「きっと、ちやほやされて育ってきたんだろうな~」

 そんな言葉に混じる、〝ッチ〟という印象の薄い舌打ち。

 白猫は、カロナの可愛さが分からないとか可哀想な視覚をお持ちニャ、と思いつつカロナを見守っている。

「次頭合格者!ノノ!」

 ノノが中央へ向かうと、その容姿からすぐにこの地域の血筋ではないと群衆は察する。

 黒髪に黒い瞳は、カロナの緑の髪やその瞳より稀有だからだ。

 白猫だけは、ノノの血筋が北側のものであると知っていて、北側では珍しくないことも分かっている。

「末頭合格者!トスル!」

 トスル、そのあまり素性の知らないカロナとノノは、周囲から聞こえる言葉で初めてその立場を理解する。

「あれって……元王子?」

「ああ、間違いなくカルの国の頃の元王子だ」

「第七王妃の子どもだった人?本当に――」

 その事実は、元カルの民からすると周知の事実で、カロナはもちろん知らないし、ノノが知らないのは彼女がカルの田舎の出だからだ。

 トスルはノノとカロナを挟む形で並ぶと、少しだけ群衆に視線を向けてから高い位置でそれを固定した。

「では、これより新院生入院式の祝辞として、学院長ソンジュよりお言葉があります」

 壇上で髭を蓄え肥えた男が立つと、長い長い祝辞が吐かれて、白猫はもちろん寝てボーとする男子院生も現れる。

 たいして中身がないな~、そう思うノノの隣で、カロナは、そういえばお母さんがホウデンシコウに手紙を書きなさいって言ってたっけ、と前を向いたまま手紙の内容を頭にまとめ始める。その隣ではトスルが視線をカロナに向けて、へ~こんなところにホクロがあるんだ~、とカロナの首の右後ろのホクロを見つけていた。

 さすがに元王子ともなると、こういう公の場は慣れている様子だった。

 長い話が終わると式の終わりも間近で、白猫は猫らしからぬ口に手を当ててアクビをした。


 高学年クラスは約二百名が西校舎で学び、中学年クラスは北校舎で学び、低学年クラスが東校舎で学ぶ薬学院内には、低中学年の暮らす院寮が西北にある。

 中央には学院の職員がいる建物と、少し南に入院式をした広場があり、西側には学院の門と、そこを越えるとケイカの街が広がっている。低学年の院生は、学院の敷地から出てはいけない決まりがあり、街へと向かうことはできず、中学年の院生も余程のことがない限りは外出許可が出ることはない。

 南西には倉庫やよく分からない建物があり、白猫の探索では、どうやら女性教諭が一人暮らしている様子で、この学院の女性教諭の中では一番容姿の良く、おそらくは学院長が夜な夜な訪れているようだった。

 そして、その敷地の東側、学院の中心から南に位置する場所には、温室と呼ばれる薬草を育てている施設がある。

 温室には様々な薬草が育てられ、中には希少な物もある。

 高学年の院生は、西の校舎と中央広場以外では、この建物にのみ立ち寄ることが許されている。低学年と中学年の院生と会う機会など、広場でかその温室でかに限られている。

 その理由もはっきりとした理由があり、昔、高学年の院生が、中学年の院生と逢引していたとか、低学年の院生にいかがわしい行為をした者がいたのが主な理由になる。

 院寮は西側が中学年の院生が使っていて、東側を低学年の院生が使っている。

 中央には共有の風呂場と洗濯場があり、洗濯は低学年の院生は自分で、中学年の院生になると、専用の職員が担当する。

 食堂はあるが調理場はなく、職員のいる建物で食事が用意され、それを担当の院生が取りに行く決まりになっている。

 高学年の院生に限っては、通いであり昼食も持参となる。

 週一の休暇があり、年間では一度だけ祈りの時期と言われる、冬の最も寒い時期にのみ、中学年の院生は帰宅許可が出される。だが、基本的に帰るのは近場の者たちで、馬車で一日かかるような院生は帰ることはまずない。

 どうして帰らないのか理由を言うと、最も寒い時期に荷馬車を出すような商会がいない事が主な理由になる。

 白猫が数日かけて院内を調査した結果が、これらの事実であるが、カロナはそれを今からゆっくりと学び理解することになる。

「カロナが運命の子であるかどうか、それを見極めるのがニャーの使命、でも、リナとしてはカロナが傷つくことになったら耐えられるのかしら――」

 猫の姿でカロナの布団に居座る白猫の独り言は、廊下を通る院内職員は時々聞こえていて、確かめるためにその部屋の扉を開けるが、そこには誰もいないため、ちょっとした不思議として職員の中で囁かれていた。


 そして、もう何度目かの薬草の授業で、カロナはある問題に直面していた。

 いつもは、長机が並ぶ中で、一番前の席の内のどれかに、カロナとノノとトスルの三人で座って授業を受けていた三人は、この日に限って三人以外の低学年一年生の院生が先に座っていて、空いている席が、男子二人の席二つと女子二人の席一つが空いていた。

 カロナはどうしようと迷っていると、ノノが率先して男の子の隣に座ると言う。

「私があの男の子二人の席に座ります、カロナちゃんはあの女の子二人の席に座って下さい」

「でも、いいの?」

「全然問題ないですよ」

 そうノノが言うと、トスルも開いているもう一つに席に座る。

 そうして問題は解決したかに見えたが、授業が始まってみると、さらにカロナに問題が降りかかる。

 薬草の種類を当てるため、薬草が一束だけ各机に配られると、カロナの机では一番左のカロナが手に取れない一番右側の女の子が手に持ち、二人だけで薬草が何かを話始めたのだ。

「あの、私にも見せて」

 その声にその二人が反応することはなく、カロナはポツンとただ一人で、授業を受けている気持ちになった。

 そして、そういう時に限って、満点単頭合格者という立場が、彼女を回答者として選ばれてしまう要素になるのだ。

「カロナ、あなたには簡単な問題よね」

 そう担当の教諭がカロナの名を呼ぶと、ようやく彼女が一人でのけ者にされている事実にノノとトスルは気付く。

 ノノは明らかに腹を立てている様子で、その二人を前の席から睨み付け、反対側の席のトスルもいつもの笑みを消して視線を送る。

 二人は互いに知らぬ振りをすると、教諭はカロナの名をもう一度呼ぶ。

「カロナ?どうしたの?答えて下さい」

「はい」

 そう言って立ち上がるカロナの椅子の音に紛れて、別の席の女子たちがクスと笑い声を出すと、今度はノノがその席を睨む。

「ハンケチョウ、ミナモ草とも呼ばれる薬草です、主に胃薬の原料となり、比較的安価で取引されています、群生しているため容易に見つけることができます」

 六十一名がいる教室が静まり返り、教諭が口を開くとカロナへの賛美が響く。

「凄いわカロナ、あなたの回答は私の補足の必要も無いほど完璧な解答よ」

 座ったカロナは、特に何事も無かったような顔をしているが、ノノは両側の男の子が驚くほどに手を振り上げて喜びを表した。

「さすがカロナちゃん!」

 トスルも笑みを浮かべると、安心して視線を教諭へと戻す。


 再び授業が進む中、どうしてカロナが正解を言えたのか、それを疑問に思った二人の女の子はコソコソと会話をする。

「ど、どうして分かったのかしら……」

「わ、私ちゃんと手で隠してたのに」

 戸惑う二人に、カロナは囁くように言う。

「ニオイだよ、私ニオイだけでも薬草が何か分かるの、だから別に見せなくても大丈夫だよ、二人はよく薬草を見て勉強してね、頑張れ!」

 嫌がらせであるのは確実なのに、そういった経験が無いカロナは、二人が必死に学んでいるのだと思い込み、そう声をかけた。

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