七章ノ参『仙人』


 この世界とは別の世界、俗に言う仙界は、心神上、心廻上、心天地上、三上により治められる世界で、仙人とはそれぞれの上により選ばれた人がある種の修行を経て到達する人外の極致である。

 こちらの世界を人界または聖獣界と呼ばれ、仙人はカナムとその世界では呼ばれていた。

 ホウデンシコウ・ゲントウシン・ガクライ、彼はゲントウシンという役であり、心廻上の膝元で、倒れた者や死者を審査する存在。そう言われる彼の役処は、それらの人の中から仙を見つける役柄を担っている。

 ちなみに、ホウたるところ、デンという者の子、コウという名の人、それでホウデンシコウと名付けた彼は、人の頃の記憶を名に刻んでる。

 ガクライは数年カイナと過ごして、完全に彼女のことを好きになっていた。

「ガクライの奴ニャ~は、カイニャが好きすぎてロウとまたケンカしてたニャ、ニャーは、ロウとカイニャは好き合ってるニャから放っておくニャと言ったニャけど、奴はもうカイニャにメロメロニャ~、世界よりカイニャ~とロウに殴りかかったのニャ」

「ホウデンシコウがロウとケンカ……もう、何してるのよコウ」

 数年過ごした結果、カイナは親しみを持ってホウデンシコウを〝コウ〟と呼んでいる。

 食事をしながら話すシャンリンメイに、カイナは少し不安そうにするが、それはホウデンシコウがロウを傷つける可能性にか、それともロウがホウデンシコウを傷つける可能性にかと聞かれると両方ではあった。

「でもニャ、ロウは言わばこの世界の上の一席に座する者なのニャ~、だからホウデンシコウが仙の力を使おうとも、圧倒的にロウが強いのニャ!最強ニャ!」

 シャンリンメイはロウの強さをそう言い表すが、カイナ自身ロウが傷つき倒れ、病に臥せた事実があるため、とてもではないが強いなどと一言では言えないものがあった。

「ロウはね、強いんじゃなくて、強くあろうとしてるんだよ?辛いし苦しいことも耐えているんだよ?だから、あまりケンカとかそういうのは止めてほしいな、私は――」

 そう言って視線をロウの毛皮でできた上着へ向けると、深い溜め息を吐いて、心配だな~とカイナは呟く。

 その様子をジッと見ていたシャンリンメイは、空になった茶碗を突き出して、米のお替りを要求する。

「おかわりニャ!カイニャのご飯は美味いニャ!ガクライの奴が惚れるのも無理ないニャ!」

 カイナは微笑みながら、おひつから米を茶碗へと盛ると彼女に手渡した。

「いくらでもおかわりして、あるだけしか出せないけど、あるだけなら出せるからね」

「んニャ!お言葉に甘えるニャ!はむ――う~まいニャ!焼き魚も美味いニャ!」

 そうして食事を済ませたシャンリンメイは、仙人に関して話し始めた。


「ニャーの役は、レントウシンニャ」

 カイナはへ~と話に聞き入る。

「ガクライの奴のゲントウシンが死者の中から仙を見つけるのに対し、レントウシンは仙になれない死者の魂を洗うニャ、心廻上の膝元なのはレントウシンも同じニャ~」

 そして、その心廻上に私は猫混ざりにされたのだ……忌々しい、そう旨で呟くもカイナには一切聞こえないため、再びシャンリンメイは笑みを浮かべて続きを話す。

「ロウは仙界でいうところ上、こちらの聖獣が宿っているニャ。だから仙人であるガクライとニャーはこちらの世界と仙界との異変を調査するためにロウと接触したニャ、ロウの傍にはカイニャやカロナがいるニャ、二人も異変に気を付けるのニャ」

「……気をつけろって言われてもな~、私は普通の人だし、カロナだけかな~心配なのは……ロウの子だしね」

 カイナがそう言うと、シャンリンメイは急に声のトーンを下げる。

「心配なのはカロナ?違う、違うニャ、カイニャが一番危険ニャ」

「え?」

「カロナはロウの子、だから加護もあるし、スイリュウの護石は本来カロナには必要ない物でカイニャが持つべきだと思うニャとニャーは言ったニャ。その意見にはガクライも珍しく同意したんだニャ、でもロウが言うのニャ」

「ロウは何を言ったの?」

「カイニャはムロが付いてるって言うニャ、死んだ弟か何だか知らニャいけど、はっきり言うとロウの弟は、もうとっくの昔に転生して死んで転生して死んでを繰り返してどこにいるのかも分からんニャ」

 シャンリンメイの言葉が理解できないカイナは、もちろんムロの事に関して聞き返す。

「ロウの弟さんは死んでからまた別の生を得られたの?それが本当ならロウにとってはいい話だけど……」

「ニャんだか分からんニャ、ロウの弟はニャーが拾って人にして生まれ変わってをしてるのニャ、……話がズレたニャ、カイニャが危ない理由はロウには言えんニャ、カイニャ本人になら言えるニャ……聞くニャ?」

「……できれば聞いておきたいかな」

 カイナがそう言うと、お茶を米粒だけになった茶碗へと流し、米粒を集めてそれを口に流しこんだシャンリンメイは満足そうに両手を合わせた。

「ご馳走様でしたニャ!美味かったニャ!」

「お粗末様でした」

「じゃ、話すニャ、どうしてカイニャが危険か……、ガクライもニャーも人を導く仙の役をしてるのは理解したニャ?その上で言うと、ガクライもニャーもある目的があってこの世界にいるニャが、それが、大いなる災いによる死の歪みに関係してるニャ、ちなみに、こちらの世界ではその災いを〝流行り病〟と言ってるニャ」

 それはマトと、今はジュカク州と言われるカルという国で流行った死病であり、カイナがロウから得た知識から薬を作って治した病のことだった。

「あの病がどうかしたの?ロウに薬の材料を教えて貰って何とか治療したの、大変だったわ」

「あの病では本来もっとも~っと沢山人が死んで、その御霊が仙界へと来る予定だったニャ、でもロウが干渉した所為でそれがある程度で収まって、その余波がこの世界の異変として今まさに起きているのニャ」

 この世界に起きている異変、それに関してはカイナはまったく見当がつかないまま、シャンリンメイの話は続く。


 北方では小さな領主同士の戦争が行われ、西方でも国同士の戦争が、南方ではそれにより国がいくつか滅んでしまった。

 本来死ぬはずだった者が生きている、それ自体に世界が矛盾を感じて、どうにか折り合いを合わせようとした結果が、それらの戦の根源であるとシャンリンメイは言う。

 ロウは三つ上に並ぶ存在で、そのロウが人の死を曲げたことで歪みが生じた。

「でもニャ、本来の歪みはロウの行動ではなく、その前にもうあったなら、それがあの病だったとしたなら、カイニャは間違いニャくこの世界に深く関わってるニャ」

「へ~じゃあ気を付けるね、ところでこのお菓子食べない?おやつの餅キントキ」

 ジュルリとヨダレが口の端に垂れて、左手の甲で拭うシャンリンメイは、真顔でそれに手を伸ばした。

「カイニャは天才かニャ!こんな美味しそうな物食べないわけないニャ!」

 話より食い気のシャンリンメイに、話よりもてなしのカイナ。

 二人が和んで笑みが零れる中、シャンリンメイは、ハッ!として顔を振ると、徐に立ち上がって叫ぶ。

「ニャ!違うニャ!この世界は戦いを死を求めてるのニャ!だがしかしニャ!それはホウデンシコウやニャーの方便なのニャ!」

「へ~そうなんだ~それより、こっちのお菓子どう?美味しいわよ」

 再びのもてなし優先のカイナは、手製のおはぎを小皿に乗せて出すと、シャンリンメイはパクっと一口で平らげる。

「ほれは美味いニャ!んニャ!?んうニャ!んニャニャニャ!……ご馳走様ニャ!じゃニャくて~!実は、ホウデンシコウとニャーは、元仙人である者、こちらの歪みを生じさせている存在を探しているのニャ!」

 シャンリンメイとしては驚愕する事実であろうと、カイナの驚きを待っていたが、彼女の反応は無言で微笑んで首を傾げるというものだった。

「ニャ、ニャ、もっと驚けニャ!驚愕するべきところニャ!」

 カイナは正座したまま、手元のお茶を一口飲むと、ジッとシャンリンメイを見ながら一言。

「そういうのは聞かされても分かんないな~、私は薬草とロウとカロナしか分からないので」

 シャンリンメイはカイナの言葉に肩を落とすと、ペタンと女の子座りしてお茶を手に取り飲み干した。

「確かに、最近商人さんの間では戦の話で一儲けしようって話が多い気がするけど、正直私なんかがどうにかできることじゃないし」

「……」

 シャンリンメイは無言で猫耳をピクっと動かす。

「だから、あんまり難しいことは――」

「上座の位置にいる者の伴侶とは思えない言動よ」

「はい?」

 呟いたシャンリンメイは、そのまま寝転がると、なんでもないニャ~とふて寝し始めた。


 カイナはシャンリンメイが風呂に入ったのを確認すると、ロウの毛皮を手に持ち顔を埋めて深呼吸する。

 スーハースーハーと、堪能して甘い表情を浮かべるカイナ。そこへ囁かれるのはシャンリンメイの言葉で。

「カイニャがロウの毛皮に発情してるニャ」

 全裸で体半分だけ覗かせてそう言うシャンリンメイに、顔を真っ赤にして口元を毛皮で覆うカイナは、静かに机の下へと隠れてしまった。

「ごゆっくりニャ~」

 シャンリンメイが風呂へ向かっても、その後しばらくはカイナが机の下から出てくることはなかった。

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