七章ノ弐『配達人は猫仙人』


 猫人などというものはこの世界に存在してはいない。

 ただ、ある可能性として仙人の中には猫の姿の混じった者がいる。

 仙人とは、ある種の契約でその地位を得る者たちのことを言い、なぜ猫の姿が混じるのか、それも契約によるところが大きい。

「ホウデンシコウ、ゲントウシン、ガクライの代わりに来たニャ~、ニャーは、シャンリンメイ、レントウシン、シェイファンだニャ~よろしくお願いしますニャ~」

「……ニャー」

 シャンリンメイは、困惑するカイナの前でニャンと両手で猫のポーズをする。

 それに対し、挨拶なのかとカイナも両手で同じようにニャンと返事をすると、シャンリンメイは嬉しそうに笑みを浮かべて尻尾をうねらせた。

「ロウの奥さんのカイナで間違いないかニャ~?」

「私は確かにカイナでロウの妻です、ホウデンシコウとも知り合いですが、あなたは?」

「ニャーは、シャンリンメイニャ~ガクライと同じく仙人ニャ~、同じ釜の飯を食った仲ニャ~だから今回奴の代わりにニャーが来たニャ~」

 やだこの子カワイイ、仙人って言ってるけど、うちで飼ってあげたいな~。

 そんな事を考えつつ、ホウデンシコウの時と同様に家の中へと招くカイナ。

 シャンリンメイも全く戸惑い無く家へと入った。

「お邪魔しますニャ~カロナ~カロナはどこニャ~!一緒に遊ぶニャ~」

「あ~カロナはですね……」

 カロナの現状を説明すると、シャンリンメイは急にシュンっとなって座布団の上で丸まった。

「そうか~カロナはいないのかニャ~、カロナと遊びたかったニャ~あ~もう、つまらないニャ~」

「……そ、それで何かあったの?シャンリンメイさん」

「ニャ~…………強いて言うニャら~ロウから手紙と物、ガクライの奴からは言伝くらいかニャ~それくらいしかもう用事はないニャ~、カロナと遊べないニャら」

 シャンリンメイにとって、カロナと遊ぶこと以外はもうついででしかないような言い方。

 彼女は大きな胸の間から手紙と首飾りを取り出すと机に置いて、ホウデンシコウの真似をしながらカイナに言う。

「吾輩はこれより仙界へと戻る故、しばし帰りが遅くなる、ロウに関しては案ずるな。最近女に飢えて女のケツを嗅ぐ事を覚えたくらいだ!以上ニャ~」

「…………まったく、ホウデンシコウったら、ロウが女の人のお尻なんて嗅ぐわけないのに」

 冗談、そう捉えたカイナに、シャンリンメイは呟くように言う。

「ニャーも何度もロウに尻のニオイ嗅がれたニャ~、いや、むしろニャーだけじゃないのかニャ~ロウに尻のニオイを嗅がれたのニャ~」

 カイナはシャンリンメイをジッと見て、ロウが?まさかだってこの子女の子だよ?そんなことするわけないじゃない、だって私にもしたことない!と何故かムカムカしてきた。


 カイナはご立腹でシャンリンメイにお茶を出すと、彼女は一口目でアニャ!と声を上げた。

「アニャ!熱いニャ!ニャーは猫なのニャ!熱いお茶は厳禁だニャ!」

「……ごめんなさい、でも熱いって分かりますよね、触れた瞬間に」

「ニャ?いやいや触れないニャ、こうやって飲むのニャ」

 カイナはお茶を出して直ぐに、お茶請けを出そうとしていたため見ていなかったが、確かに彼女は置かれたお茶を顔を近付けて舌を出して舐めていた。

 あらやだカワイイ、そう思うカイナはお茶請けに焼き菓子に砂糖をまぶした甘いハツヤキという食べ物を差し出した。

「クンクンクン!コレは絶対美味いやつニャ!」

 サクサクと食べるシャンリンメイは、先ほどの火傷など気にしない様子で堪能している。

 あ!そうか、ホウデンシコウと同じ仙人だから舌の火傷ももう治ったってことね。

 そう思ったカイナは、ロウの手紙を広げて読み始めた。

 頭書きにはこう書かれていた。

 〝そこにいるシャンリンメイは、俺が尻を嗅いだと言うだろうが、それは猫の姿の話であり、人の姿の時の話ではない〟

 それを読んだカイナは、シャンリンメイを一瞥して言う。

「シャンリンメイさん、猫の姿に成れたりするの?」

「もちろんニャ~」

 そう言って猫の姿に変わった彼女は机に飛び上がって、ニャ~と鳴いてみせた。

 そして、手紙の続きを読んだカイナはクスっと鼻で笑ってしまう。

 〝こう書いておけとホウデンシコウがうるさいため、一応報告しておくとする、俺が嗅いだのは猫の尻だ、しかも無理矢理にだ〟

カイナはその様子を頭に思い浮かべて、ロウの困った顔が浮かぶと声に出して笑ってしまう。

 シャンリンメイは、何か面白いことでもあったのかニャ?と言って興味津々でカイナの方を見ていた。

 手紙には、今はロウが南西の方角にいる事、そして、カロナの成長を想像で書き綴られていて、カロナの為にスイリュウの護石を首飾りにして送ったと書いていた。

「これのことね、ロウがカロナのために……きっとカロナも喜ぶわ」

 手紙を読み進めると、カイナにも贈り物があると書かれていて、それが二つある事を知るとカイナは疑問をシャンリンメイにぶつけた。

「シャンリンメイさん、私への贈り物をまだ貰っていないんですけど……」

 ピタッと動きを止めるシャンリンメイは、徐に自身の服を脱いで、地肌に着けていた毛皮の上着らしき物を脱いで手渡し、左手首に着けていた木製の腕輪も手渡す。

「忘れてたニャ~この毛皮とこの木の腕輪だニャ~」

 なぜに身に着けていた!とツッコミたい気持ちを抑えて、カイナはそれらを受け取り机に置く。そして、視線を手紙に戻すと続きを読み始めた。


 〝一つは毛皮で一つは腕輪だ、腕輪は俺が付けていた物でキリンの加護が付いてある。それで、もう一つは、俺が生皮を剥がされた時の毛皮だ〟

 ん?俺が?生皮を?剥がされた?んん?

 カイナは自身の読解力が足りないのかと一瞬思い、もう一度読み返した。だが、そこには確かに、ロウが生皮を剥がされたと書かれていた。

 カイナは全身にゾワゾワと鳥肌が立ち、背中に力が入るとそのまま血の気がサーと引いて、正座した状態から後ろにバタンと倒れてしまう。

 愛する狼姿のロウが、生きた状態で生皮を剥がされる様を思い浮かべて、その痛みや苦しみを想像してしまった結果の気絶だ。

 カイナが倒れる様を見ていたシャンリンメイは、冷め始めたお茶に指を突っ込みながら言う。

「感受性の高い子ニャ~、うニャ!この熱さなら!あニャ!まだ熱いのニャ~飲めないの辛いニャ~」

 しばらく気を失っていたカイナが目を覚ますと、頭の後ろに柔らかいクッションを感じて、視界を動かすとシャンリンメイが顔を覗き込むようにして視界に現れた。

「大丈夫ニャ?カイニャ」

「膝枕……してくれてたんですか?」

「特別ニャ~、ニャーの膝枕は師父とロウとカイニャ」

 カイナをカイニャって言っちゃうんだ~カワイイ~。

 ホッコリしたカイナは頭を起こすと、毛皮が目に入り深呼吸しながらそれを手に取る。

「ロウの毛皮……私が抱き締めたり、撫でたり、毛繕いしてきた毛……」

 不思議ともうそれに触れても、愛おしさ以外は感じなくなっていたカイナ。

 触れると何だか懐かしい、ロウの毛を梳いていた頃を思い出すな~。

 微笑むカイナをジッと見ていたシャンリンメイは、小さく呟く、ロウが好きになったのも理解できるな、そうカイナには聞こえない声で。

「そうだシャンリンメイさん、これからお昼を作るんだけど食べる?」

「食べるニャ~!でも猫だから鍋とかは無理ニャ~」

 仙人とは一癖も二癖もある、そうと知らないカイナではないが、シャンリンメイはその範囲には収まらない。

「ニャ~カイニャ、カロナはいつ頃帰ってくるのかニャ~」

 カロナはカロニャってならないのか~カワイイな~。

「カロナ?そうだな~もしあるとすれば、あと三年くらいは帰ってこないかな~。あの子薬学院に受かってね、これから三年間は寮生活なの~」

 シャンリンメイはそれを聞いた瞬間、その場で崩れるように体を床に伏せて、深い溜め息を一度だけ吐いた。

「はぁ~ロウの子どもに気に入られてロウが無視できない立ち位置に今のうちに至るつもりだったのに……三年もいないとかマジ――」

「はい?何か言った?」

「な~んでもないニャ~飯~まだかニャ~」

 シャンリンメイは猫ではなく、猫付きの人であり、その語尾や仕草は基本的に後付けである事実は、後にホウデンシコウから聞くことになるが、この時のカイナはまだ知らない事だ。

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