六章ノ肆『ホウデンシコウとカロナ』


 それから、次の日もホウデンシコウはカイナとともにいて、その翌日に帰ってくるカロナを待っていた。

 そして、翌日帰って来たカロナはホウデンシコウの姿を見て思う。

 誰?お父さん?……でも子どもっぽい気がするなぁ。

 そう思いつつ近づくカロナ。この時間帯はカイナが近くの村へ買い出しへ出ているのを知っているため、本当に恐る恐る声をかけた。

「あの~」

「……ふむ、カロナだな?」

「はい、そうです」

 ホウデンシコウはカロナに爽やかな笑顔で言う。

「お前の父であるロウだ」

「……お父さん?お父さんはお母さんより身長が高いんだよ」

「そう、元々は高かったんだが、呪いでこの姿にされてしまったのだ、ほら父と抱擁しようか」

 徐に近づいてくるホウデンシコウに、カロナは警戒心むき出しに身構えた。

 そして、両手が背中に回されそうになった瞬間、カロナの右手が白く光ってホウデンシコウの胸をドカッと一発殴りつけた。

「いやぁ!」

「ぐ!」

 ホウデンシコウは勢いよく茂みの中へ消えてって、丁度カロナの後ろ側からカイナが帰ってくるとカロナに声をかけた。

「あら!カロナ!お帰り!」

「お母さん!変な人がいるよ!」

 カロナの言葉に一瞬驚きを顔に出すカイナだが、ホウデンシコウがカロナの指さす方から歩いて出てくると、苦笑いで全てを理解してカロナに説明する。

「あはは、あの人は確かに怪しいけど、あなたのお父さんの友だちなのよ」

「お父さんの友だち?」

 ホウデンシコウは派手に吹き飛ばされた割には、平然とした表情で現れて自己紹介をする。

「吾輩はホウデンシコウ、ゲントウシン、ガクライである。仙人と呼ばれる偉い人だぞ」

「……う~」

 その挨拶に、警戒心をむき出しにするカロナは小さく唸った。

「カイナ、落ち着いて、大丈夫だからね、落ち着いて――」

「……お母さん!」

 無意識にカイナの腕を掴んでいたカロナ、カイナの腕がカロナの掴んだ部分だけ青あざができて、カロナは慌てて両手を離した。

「はは、大丈夫、ちょっと痛かっただけだから――」

 この時、初めてカロナは人狼として、守杜としての肉体変化が起きた。

 カロナはカイナの腕をいつものように掴んでいたつもりで、あと少しでへし折れるほどの力で掴んでしまっていた。

 カイナの真っ青な顔を見てカロナが心配していると、ホウデンシコウはすぐにカイナの腕を見て言う。

「大丈夫、骨は折れていない、カイナ、しばらくは左手を使わないようにしておけ、でないと神経を痛めるぞ」

「そうね、ちょっと左手で重たい物は持てないかも」

 ホウデンシコウはカイナの右手の荷物を受け取ると、カロナに優しく微笑みかけて言う。

「お前の所為ではないぞ、だからカロナももう家に行くといい」

「でも、お母さんが――」

「大丈夫よカロナ、お母さんこれでも薬師なんだから、打ち身に聞く塗薬を使えばすぐに治るからね」

 カイナがそう言うと、カロナは急いだ様子でその薬を取りに家に駆けて行く。

「私がとってくる!待ってて!」

 カイナはカロナが家に入るとホウデンシコウの肩に凭れかかり、小さく囁くように言う。

「ごめんなさい、少しも歩けそうにないの……」

「ああ、だろうな、相当な力だ。骨が折れていないのが奇跡的と言っていい」

 そうして、ホウデンシコウはカイナを少し担ぐような格好で家へと近づいて、カイナは玄関から再び自分で歩いて中へと入っていった。

 カロナに気を使わせ過ぎないための気遣いを、ホウデンシコウはそっと支えていた。


 自分で治療するカイナに、カロナは何度も大丈夫なのか聞く。

「大丈夫?お母さん?」

「平気平気!」

 その笑顔の青ざめ方は見る限り平気ではなさそうだが、声や笑顔はカロナに心配させまいと強がっていた。

 カロナはその声や笑顔で安心することはできず、やはり何度もカイナを心配する。

 それを見ていたホウデンシコウは、治療するカイナの左手に右手をかざすと、痛みを和らげるまじないだ、と言って呟き始める。

「体内の眷属たちよ、かの者の痛みを和らげろ――」

 ただの言葉だったが、カイナは驚くほど痛みが引いていくのを感じた。

「すごい、全然痛くなくなったわ」

 そう言うカイナの左手に触れたホウデンシコウは、ただ痛みがないだけだ、そう言って包帯を巻いて首から左手をかけられるようにする。

「あまり激しく動かすと、痛みは無くとも症状は悪化するから気をつけろ」

 カロナはカイナの顔色が明らかによくなったのを見ると、ホウデンシコウに言う。

「どうやったの!私もお母さんにしてあげたい!」

「無理だな、これは仙の力、カロナには到底できはしない」

 ホウデンシコウがそう言うと、カロナはそっと視線を下げた。

「それよりも、今日の昼と夕餉の準備を手伝う方がよほどカイナの為になると思うぞ」

「手伝い……お母さん!私ご飯作る!」

「ま~本当、ならお願いしようかな」

 カロナは台所へと駆けると、カイナはホウデンシコウに笑顔を向けて言う。

「ありがとう、おかげでカロナに負い目を背負わせずに済みそう」

「……カロナのアレはロウのものと同じだな、メイロウの身体強化だ」

「……ごめんなさい、私には分からないわ、今までも少し感情的になった時に物を壊したりしていたから、人狼特有のものかもとも思ったけど、知り合いの人狼さんはそうなったりしないって言うし……最近は前にも増して加減ができないみたいね、こんなに痛かったのは初めてだったから――」

 自分の腕を見るカイナは少し不安そうに呟く。

「子どもが不安になってるのに……何もしてあげられないなんて、情けないやら、悲しいやら、ロウがいてくれれば……何か分かるのかもだけど」

「……心配するな、カロナはただ力の使い方に戸惑っているだけだ、吾輩に任せておいてくれ」

「ホウデンシコウさんに?でも……大丈夫?ホウデンシコウさん子どもの相手とか苦手そうだし、少し心配だわ」

「……だ、大丈夫だ」

 そう言うホウデンシコウは、少しカイナに仙人としての腕前を見せてやろうと、勝手に意気込んでカロナの傍に向かう。

 台所でご飯を炊こうとしているカロナは、小さい体で一所懸命で可愛らしく見える。

 その様子を見ていたホウデンシコウは、カロナのこなれた動きに声をかけた。

「いつも手伝っているのか?」

「うん!」

 ザルを使って米を研ぎ、それを釜に入れて水を加える。

 火加減を調節したカロナに、ホウデンシコウは再び声をかける。

「カロナはしっかりカイナに教えられているし、器用だからな、ちゃんと話そうと思うが、さっきのカイナの腕、もう少し強く握っていたら折れていただろうな」

「……お母さん治る?」

「無論治るとも、だが、カロナがまた同じようにカイナを傷つける可能性はある」

 カロナは動揺して、持っていた息を吹き入れる竹の筒をパキッと潰してしまう。

「あ!……なんで……なんで私――」

「不安が動揺を産み、それによって普段はできている力の制御ができなくなっている。だから、冷静にならなくてはならない、不安であっても平静を保とうとしろ、恐怖を感じても平静であろうとしろ、そうでなければカイナだけではない、大切な人を傷つけることになる」

「……何で私だけ――」

「決まっているだろう、カイナを守るための力、大切な人を守るためにロウから受け継いだ力だ、だから、使いこなせるよう努力しないくてはならない」

 ホウデンシコウは、必ずカロナならできるさ、そう言って彼女の頭に手を置いた。


 カロナが火加減を調節する筒を壊してしまったことをカイナに言うと、カイナはカロナの手を掴んで優しく微笑みかけた。

「手は大丈夫みたいね、竹の筒なんてすぐにまた作れるわ、でも、カロナが怪我したらお母さんそっちの方が嫌だからね、だから、大事なのはカロナの体だよ」

「……うん、私もお母さん大事だよ、だから、頑張る!」

 何を頑張るのかを理解していないカイナは、ジッとホウデンシコウを見る。

 ホウデンシコウは目を背けたままで、スーッとその場から姿を隠した。

「……もう、カロナに何か言ったのね――」

 カイナはカロナに竹筒の代えを手渡すと、漬物の用意を自分でしようとする。

「お母さん!私がやる!」

「あ~はいはい、分かったわ、カロナに任せるわね」

 カイナも今のカロナの頃には母であるソナに、私がやる!と言って家事を手伝っていた事を思い出すと、妙に懐かしく思えてカイナは密に微笑む。

 カロナは火を使う家事以外は全てもうできてしまうが、そのことにホウデンシコウは感心を旨に覚えると、カロナの傍からカイナの傍へと移動して椅子に座る。

「ロウにまったく似てない娘だ」

「かな?私的には私よりロウに似てるなってところ沢山あるけどな~、例えば毛並みとか?色は白だけど触り心地はもうロウと一緒!それに寝てる時の顔もそうだな~」

「……ロウはまだそんなカロナを知らないんだな……、そう考えると、奴が少女たちに情けや同情をするのも何となく理解できる」

「……たぶん違うのよ、ロウが少女を放っておけないのは、きっと、私と重なる部分があるからなんだよ。森の中で生きることを諦めてしまった私とその子たちをね」

 それから、しばらくホウデンシコウに昔話をするカイナは、ロウとの思い出を少しだけ語り終えると、カロナが昼の食事の用意を終えて漬物や茶碗に盛り付けた米をお膳に乗せて現れると高い声でカロナを褒めた。

「ありがとうカロナ!ま~美味しそう!」

「……ふむ、よくできているな、カイナの物にも劣らない」

 二人の言葉にカロナは嬉しそうに笑顔を見せると、それを机に並べて、全員で食事をとり始めた。

 そうして、久しくなかった三人で食事をとるという風景を堪能したカイナは、再び腕が痛み始めると、コッソリとホウデンシコウに痛みを和らげてもらえるように甘えた声を出して頼んだ。

「……あざといなカイナ、そんな頼み方をしなくても、術の重ねがけは元々するつもりだったからな、まっカワイイとだけ言っておくとするか」

 ホウデンシコウに見透かされたカイナは、顔と耳を真っ赤にして両手で顔を隠したのは言うまでもない。

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