六章ノ弐『薬師の才能』


 テンの街で二日過ごしたカイナは、その居心地の良さと同時に、自宅への恋しさを感じていた。そして、カロナがこの生活に慣れ過ぎて帰りたがらなかったらどうしよう、そう考えると少しだけ不安も感じていた。

 そのカロナは、この二日ダブハの部屋で過ごすことが多く、カイナが様子を見に行くと、ダブハが一生懸命にカロナに薬の効能を話しているところで、そんなの聞くはずないとカイナが思ってカロナを見たら、想像よりも真剣な表情でその話を聞いていた。

「この薬草は飲めば内側の熱を冷ます効果と、塗れば少し身体が温かくなる保温効果がある」

「なんしょうそう!」

「そう、南小草と言って南の温かな土地に小さく咲く草だからそう呼ばれる」

 二人の様子から、ダブハの教諭としての才能に感心しつつ、そっとその場を離れるカイナ。

 ユイナは忙しそうに店の準備をしているため、その日は一人で街をぶらつくつもりでカイナは出かけた。

 テンの街は前より活気に満ち、色々なところから色々な品物が日々運び入れられて、カイナは目移りしながら歩いていた。

「これは日の国の着物!綺麗……」

 着物屋に飾られている色鮮やかなそれは、日の国の特産品で、高価な品だ。

「金貨いくつかな?きっとこれ一つで家建てられちゃうかも」

 カイナがそれを手に取り見ていると、周囲から男が数人集まって来てなぜか決まって大声で店主を呼び始める。

「店主!あの着物を彼女に!」

「店主!私はこの着物をあの人に!」

「わ、わしもこの着物を~」

 その状況にカイナは困ってしまい、何度も断ろうとしたが、断れずに結局三着も受け取ってしまうことになり、それぞれを店で着付けてもらい披露する破目になった。

 カイナが着物を三人の紳士から受け取り、満足そうに三人が去った後、店主から〝これも差し上げます〟と言って一つの髪飾りを受け取った。

「こんなに、貰っちゃって……どうしよう――困っちゃうな」

 その後、カイナが街を歩いていると、不意に男が妙な紙を手渡してくる。

「そこのお嬢さん、この紙に描かれてる女性を見かけたらご一報ください」

 人相書きを受け取ったカイナは、それを見ずに男に尋ねた。

「これに書かれている人は何をして誰に探されているの?」

「あぁ、その美少女はですね、なんでもこの国の王様がお見初めして妻にするのだとか、確かに美少女ですが、私にはあなたの方が美人に見えますよお嬢さん」

 へ~と最後の一文を聞き流したカイナは、その視界を紙へと向けると、そこには自身の少し若い頃の姿が描かれていた。

「……へ~、確かに綺麗な子ね――」

 そう言いつつも、カイナは〝自分だ!〟と思い困惑する。

 この国の王様はアシム王子なのだから、探している娘と言われると、それが数年前の自身であるのは間違いないことから、カイナは急にコソコソしながらユイナの店へ帰った。


「お帰りなさいカイナさ……ん?!どうしたんです!顔真っ青ですよ?」

「え、うん、ほら、これ、優しいおじさんに貰ったのよ」

 そう言って高価な着物三点と、付属の靴や厚底草履と、明らかに一点物の髪飾りを出したカイナに、ユイナはもう意味が分からな過ぎて、手に調理用の包丁を持って言う。

「そのおじさんに!変な事!されたんですね!私がぶっ飛ばしてやりますよ!」

 居間で二人で座ったところで、カイナは人相書きを机に広げた。

 ユイナはそれを見てすぐにカイナと気が付いたようで、どうしてカイナさんが――と疑問を持つ。

「実はね、私ね……昔の話になるんだけど、今の王様、アシムに攫われたことがあるの」

「へ~王様に……って!あのアシム様に!?美男で!革命の勇士と謳われているアシム様にですか!ど、どうしてそんなことに?」

「昔、女として私を抱こうと攫ったアシムから、ロウに助けてもらったのよ。あんまり思い出したくないけどね」

「そんなことが……、私は別に何とも思ってないですけど、王様はこの街の若い娘たちにもかなり人気で、この前街に来た時なんか、街の外からも若い女の子が集まって、キャ~!って悲鳴上げてアシム様に手を振ってましたよ」

「相変わらずのモテようね、でもねユイナさん、彼は私を薬でおかしくさせて抱こうとしたのよ。今なら分かるけど子どもが目的じゃなくて、ただ私を抱きたかっただけの最低野郎なの」

 ユイナは人相書きを手に、まだ未練たらたらってことですね、と言うと、カイナは深い溜め息を吐いた。

「しつこい男って本当にいるんだね……、似顔絵が昔のままだったから今の私には当てはまらないけど、正直気が気じゃないのよね、カロナもいるわけだし」

「カ、カイナさんってかなり波乱万丈な人生歩んでますよね」

「……ですかね~」

 机に額を置いてそう言うカイナ、そこへダブハがカロナ連れて来ると、カイナは少し複雑な表情を浮かべてしまう。


「カイナさん、少しお話いいでしょうか?」

「どうしたの~ダブハ」

 ダブハはカロナを横に座らせて、正座をするとカイナに頭を下げて言う。

「カロナを僕に預けてもらえないでしょうか!」

「……え?」

「ちょ、ちょっと!ダブハさん!急に何言ってるのよ!」

 居間に居合わせたユイナも、カイナの隣に座ってダブハの話を聞く。

 ダブハは真剣な表情で、カイナの目を見て話しを始めた。

「カロナの薬師としての才能をお気付きですか?」

「……カロナが薬師になるか、それはカロナ自身が決めることで、今は子どもとして好きなことをさせたい、私はそう考えてるの」

「カロナなら僕なんかより凄い薬師になれるんです、彼女の薬草の目利きは一級ですし、薬の調合も量り無しで私と同じくらいに正確なんです」

 ダブハの隣に座るカロナは、重苦しい空気にダブハの隣からカイナの隣へと向かうと、今にも泣き出しそうな表情をする。

 カイナはその頭を撫でながら、穏やかな表情で言う。

「カロナは私みたいに生きるだけに精一杯な人生じゃなくて、楽しいことを探したり、友だちと遊んだりして欲しい、だから、将来は学院へもカロナが望めば通わせたいと思ってるわ」

「なら、僕の家で時々、数日間薬学について教えさせてください」

「……カロナ、あなたはダブハとお勉強したい?」

 カイナにそう聞かれるとカロナは、カイナの体から顔を離して泣きそうな顔のまま言う。

「おえんきょう、たのしいよ、たふはやさいしよ」

「やさしいね、そうか、たのしいか……ならまた一緒にここきたい?」

「くゆ!ハルヤとあそぶするの」

「もう、遊ぶだけはちゃんと言えるんだから、分かったわ、ダブハ……カロナの事お願いね」

 ダブハは明るい表情で頭を下げると、はっきりとした口調で言う。

「必ず!カロナの才能を伸ばして見せますよ!」

 その話をただただ聞いていたユイナは、ダブハの隣に移動すると軽く肩を指で突く。

「もう!急に楽しい旅行気分を損ねる気なのかと思ったわよ」

「ごめんユイナ、でも、カロナの将来を考えると僕が言うのが当然だと思えたよ」

 そうして、カロナの薬師としての勉学の教師として、ダブハは教諭として教壇に立つ前に一人だけの生徒を持つことになった。


 あれから月に一度はダブハの元へ、勉強させるためカロナを連れて行くことにしたカイナ。

 カロナが一人で向かうようになった頃には、ハルヤとカロナは姉妹のように仲が良くなっていた。

 その頃に、カイナは家でポツンと一人でいることが多くなり、もう微かにしか香らないロウの匂いを日々嗅いで寂しさを紛らわせていた。

 そして、カロナは最近ダブハのことを何度か〝お父さん〟と、そう呼ぼうと挑戦しているが、気恥ずかしさで一度も呼べていないのが現状だ。

「いいかい、この薬草にはね、葉には毒、根にも毒があって、茎には毒はないけど、あまり薬としては使えないんだ、でも、毒しかないこの薬草にも使い道があるんだけど、二人は何だと思う?」

 ダブハが笑顔で問いかけると、ハルヤは小首を傾げて言う。

「お父さん、ハルヤ知らないよ、だって、教えてもらってないもん」

「カロナはどうかな?」

 そう言われたカロナは、七歳になって少しづつ遺伝的な美人として顔に美しさが出てきていた。だが、まだまだ子どもな彼女は、無邪気な笑顔でダブハに言う。

「麻痺する毒を用いて痛み止めとして使用することがあります!でも、用量によって副作用がある可能性もあるため、分量には注意が必要です!」

「ずるい~カイナちゃんお父さんに教えてもらってたでしょ~」

「ううん、違うよハルヤちゃん、ユイナさんがこの前薬草採取の時に言ってたの、この草には毒があるけど痛み止めに使えるのよって」

 ダブハはその言葉を聞いて、ハルヤに向けて声をかける。

「いいかいハルヤ、薬草採取というのは、これから薬師になる者にとっては貴重な体験なんだよ、だからね――」

 そこまで言った瞬間に、ハルヤは頬を膨らませて不満を露にする。

「いや~!だって、虫嫌い!」

 ハルヤは、ユイナやダブハの薬草採取には一度しかついて行っていない。その理由ももう彼女が叫んでいる通り、虫が嫌いだからに他ならない。

「……虫なんて無視してしまえばいいのに、ハルヤはどうしても嫌なんだな……困ったな」

 ダブハはかなりハルヤの教育に困っているようで、虫嫌いをどう克服させるかにとても悩んで、試行錯誤している最中だった。

「カロナ、カロナは虫が嫌いだったことはあるかい?」

「ない、小さい頃はよく一緒に遊んだし、初めての友だちもマイマイだったよ、でもね、虫は早く死んじゃうから……あんまり友だちにしたくないな、だって、悲しいもん」

 あぁ、どうしてこんなに可愛らしいのだろうか、そうユイナが思いつつ現れてカロナをよしよしする。

「あ!お母さん!」

「ユイナさんだ」

「は~カロナちゃんってばカワイイ」

「ハルヤは?ハルヤは?」

「ハルヤもカワイイ!二人ともおやつにしよう!甘いの作ったから!」

 二人はユイナに抱き付いてズルズルと部屋を出て行くと、ダブハは深く溜息を吐いて苦笑いする。

「教育者とはなかなかに厳しいものなんだな……」

 彼が学院からの正式な教諭としての申し出を再三に亘り断っている要因に、ハルヤの教育が当てはまってしまっているのもまた現状ではある。


 甘いおやつを食べるカロナとハルヤ、二人はそれを食べ終わると、二人で一緒に川へと遊びに行く。

 もちろん後ろにはダブハが付いて歩いて行くのだが、途中から川の音がし始めると、二人ともが狼の姿に変わって駆け始めて、ダブハは慌ててその後を追う。

 水に浸かる二人は再び人の姿で、裸で無防備にはしゃぐのも他に誰もいないからというわけではなく、彼女らがまだ子どもだからだ。

 追いついたダブハはその手で水に触れて水温を一応確かめる。もしも、ハルヤに無理に水遊びに誘われた場合に耐えうる寒さなのかを確認しているのだ。

「……冷たい、やはり人狼の体質は人間と保温力や体温においての違いがあるようだな」

 室内で過ごすことが多いダブハの耐久の問題ではなく、まだまだ春先である現状は、冷たくて当然なのだ。だからこそ、周囲に人もいないのだが、夏場に二人をこの川で遊ばせようものなら、はしゃぎすぎて狼の姿になってしまい周囲が驚愕するのは目に見えている。

「二人とも、冷たくはないかい?」

「え?ん~少し冷たくて気持ちいい?」

「アハハ!お父さんも入ろうよ!」

「はは、勘弁しておくれ、僕じゃ数分で堕熱を発症してしまうよ」

 裸の少女たちが戯れるその川は、水深などというものとは無縁の浅瀬で、街の大人たちが作った多少泳げるスペースもあるが、飛び込むなんてことはまずできない。

「森の中にね!大きな湖があるの!そこではね!飛び込みもできて楽しいんだよ!」

「……でも、虫がいるんだよね?私、虫嫌~い」

「大丈夫!私が虫さんに来ないでってお願いしてあげるから」

 そう言うと、カロナは右手を上にあげて目を瞑る。

 その様子をダブハとハルヤはジッと見ていると、その右手が白く光り始める。

「な!」

「光ってる~すご~い」

 その瞬間、自然に周囲にいた虫が静かにその場から離れていく。

 蝶が、カロナの回りを一周して飛び去ると、クモがダブハの足元を離れて行き、ハルヤの周囲からはその気配さえなくなる。

「カロナ、それは?」

「これはね、虫さんや動物さんにお願いできるの!お母さんは加護って言ってたよ」

「加護……なんて美しい光だ――」

「きれ~い!私もする~」

 ハルヤがその両手を上げると、もちろん何も起きはしない、が、カロナがその傍によって手を合わせると、その両手も光に包まれる。

「これで一緒だね!ハルヤちゃん」

「うん!」

 二人の様子を見ていたダブハは、何とも言えない感覚からボーっと眺めてしまっていた。

「はい、虫さんはここから離れてくれました」

「すご~い!カロナちゃん好き~」


 遊んで帰って来た三人をユイナは出迎えて、ダブハが何か想いに耽っている様子に声をかけつつ言う。

「どうしたのダブハさん?」

「……いや、神秘というものは日常に散りばめられているんだと分かってね」

「へ~あ!二人ともお父さんと一緒にお風呂入ってきちゃいなさい」

「「は~い!」」

 再び裸の二人と手拭い一枚のダブハは、この家にある自慢の木々の香りが漂う木製の風呂に三人でゆったりと入ることになる。

 まるで親子姉妹のように入る三人の状況に、カロナはぽつりと呟いてしまう。

「ダブハ師匠がお父さんだったらな~」

「カ、カロナ、師匠と呼んではダメだと言ってるだろ?それに、キミの父上であるロウさんは立派な方で、もう何度も話しているけれど、使命を持って旅に出たんだよ」

「……そんなの知らないよ、カロナやお母さんより大切な事って何?」

「いや、使命っていうのはね、言い方の問題でね、ロウさんはカイナさんとカロナのために旅に出たんだよ。理由は分からないけど、彼は帰ってきたら全部話してくれるはずさ」

 ダブハの言葉に顔をムスっとさせて数を数えるカロナ。

「一二三四五六七八九十!出る!」

「こらこらカロナ」

「私も~」

 カロナの後を追って出ようとするハルヤを、ダブハは何とか掴まえて湯で体をしっかりと温めるようにする。

「い~や~だ~」

「あと少しだから」

 そうして、少し長く風呂に入れられていたハルヤは、出るなり、狼の姿に変わって体をプルプルと振るわせて水滴を周囲に飛ばす。

「あ!こら」

 ダブハはハルヤをタオルでくるんで抱き上げると、モサモサと身体を拭いていく。

 拭き終わるとハルヤは服を着てカロナを探して家を走ると、カロナはユイナの膝で顔を埋めていた。

「カロナちゃんどうしたの?」

「あ~ハルヤ、カロナはねカロナのお父さんの事知りたいのよ。でもね、聞いたら会いたくなって、苦しくなるからね、まだ話さない方がいいって、私とカイナさんで決めてるの」

 カロナはグッと涙を我慢して、その表情を見せないように、ユイナの膝に顔を伏せて隠しているのだ。

「カロナちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫、すぐに元気になるよ」

 そう言ってから数分でカロナは笑顔でハルヤに言う。

「ハルヤちゃん!お勉強しよ!」

「うん!お勉強する~!」

 カロナの勉強意欲にハルヤが続く現状は、ダブハにとっての唯一の救い。

 カロナがすると言えば、ハルヤも必ず学習に励むため、月に二度のカロナの泊まり込みの学習は、ハルヤにとっても集中して勉学することができる期間になっていた。

 そうして、二人は夕食までの間勉強して、一晩寝ると、カロナはカイナのいるジュカクの森へと帰って行く。

 もちろん、ハルヤはカロナとの別れをいつも悲しんでいる。それというのも、同じ人狼で歳も近い友人はカロナ以外にいないからだ。

「カロナちゃ~ん!絶対またきてね~」

「またね~ハルヤちゃ~ん!師匠~!ユイナさ~ん!」

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