五章ノ肆『夫婦』
ユイナとダブハの二人の結婚式には、勿論カイナもカロナを連れて参列した。
「二人ともお幸せにね」
「う~カイナさん!ありがとうございます!」
二人の式にはクウフ夫妻とカイナとカロナ以外は誰も来なかった。
いや、招待していないユイナの追っかけが一部様子を見に来てはいたが、式後にはその姿も無くなっていた。
ダブハは友人がおらず、それでもカイナが来てくれたとこだけで満足そうだった。
「私も日の国には友人なんかもいるんですけどね、もっと人に祝ってもらいたかった気もするけど、ダブハさんがカイナさんが来てくれてよかったって言ってるのを聞いて、私もカイナさんがいてくれただけでよかったと思いました。できれば、ロウにも――」
「ユイナさん、それは言わないで」
カイナのその言葉にユイナは口を押えて、その後ですぐに謝った。
「ごめんなさい、私、また言わなくてもいいことを――」
「ううん、私もロウには……会いたいから」
カロナがカイナの頬に触れると、彼女は笑顔で笑みを浮かべた。
「あ~ごめんね、お母さん悲しくないからね、ほら、元気元気――」
そんなカイナの様子に、ユイナも自分が悲しんでなどいられないと、一緒になってカロナをあやす。
その後、クウフ夫妻と一緒に店で少し話したあと、直ぐに帰る予定だったが、周りの、特に貴族の男性にカイナは引き留められてしまった。
「カイナさん!未亡人と聞きましたが本当ですか?」
「いいえ、旦那は元気です」
だが、その後カイナもユイナとの挨拶を済ませ、コッソリと帰り始めた。
帰り道、彼女は街の中でマトの話を耳にする。
「聞いたかい?マトでは今内乱が起きているとか」
「ああ、第一王子が、実権を握る大臣とやりやっているらしいな」
マトの内乱、アシムとウジが権力をかけてとうとう戦い始めていた。
「カルの軍も本来ならこのタイミングで出陣したかったろうが、例の流行り病が原因で戦争どころじゃなくなってるからな」
「ま、全軍大将のサンボ様も亡くなられた病だったからな、あの戦争の鬼だった方がいなければカルも軍も戦争なんてしてられないさ」
カイナには分かる気がしていた。アシム王子が、どうして今ウジの権力を奪いに出たのか、それは自分を探すのに金や権力が必要だからだ。
そう考えながら街中を歩いて門前へ向かうと、そこには馬車と一人の男が立っていて、カイナを見つけるなり右手を頭の上で左右に振った。
「どうも!カイナさん!もう出発なさいますか?」
「アシュさん、はい、帰りもよろしくお願いしますね」
アシュはクウフ商会から派遣された人を運ぶ商人で、今はカイナを運ぶことを任されている。
「それにしてもいい仕事ですよ、カイナさんを送り迎えするだけで金貨が出って言われて、正直人一人運んで金貨は破格です。会長が言うには、俺みたいな女より金の男じゃないと、カイナさんに手を出しかねないって思ってるらしくてですね、俺が適任って話ですよ」
「そうですか、私もアシュさんは適任だと思ってますよ」
そうカイナが思ってしまうのは、カロナが生まれてすぐ、ロウがまだいる時に、クウフ商会の男と品物を運ぶことがあり、その時あわや無理矢理に襲われそうになったことがあるからだ。
その時はクウフ夫も何度も謝罪し、襲った男は商会流の刑罰で馬引きの刑になった。
カイナは服を剥がれた時、積み忘れの荷物を持って追いかけてきたユイナが助けてくれなければ、そう今もあの時の恐怖を思い返せる。
「本当にアシュさんには安心できますよ」
「あざっす、会長に口きいて貰えて俺も感謝感謝ですよ」
そうして、カイナはカロナとジュカクの森へと帰宅した。
マトの国、内乱は王宮内で最小の規模で行われ、アシム王子率いる私兵と、ウジ大臣率いる私兵の戦いで行われていた。
それは流行り病で軍隊はほぼ動かせないままで、そんな中でアシム王子がウジに宣戦した。
アシムは今実権が必要だった。カイナを探すため、カルの国へ攻め込むためには今必要だったのだ。だから、今は形振り構わず噛みついている。
「ウジ様、我々の戦力では王子派閥の私兵と戦うことは難しい状況です」
「何故だ!?どうして勝てない!我々の方が数では上であろう?」
王子の私兵は王家の剣、ウジの私兵は金で動く傭兵、その意志の重さ深さで強さの強弱ははっきりと出た。
「人は死ぬ、永遠に生きてる人などいない、そうだろウジ?」
「お、王子……自ら出てくるとは、意外ですね」
王子はその右手に血に染まった剣を持ち、ウジは背後に刃の細い短剣を持つ。
「おやじや、親父側の強い私兵を貴様が亡き者にするために泳がせた……結果、貴様はよく泳いでくれた、おかげでこうして難なく私が実験握ることができるわけだ」
「泳がせただと?ふっ面白い戯言だ――」
ウジはここまで全ての計画が自身の手のひらで行われている、そう思い込んでいたが、前王が病に伏したのはアシムによる工作であり、前大臣のホウが薬師を雇うよう仕向けたのも彼であることは事実だった。だが、ウジはそれを理解することはない、そう、その首を刎ねられるその瞬間も。
「暗躍する者、大概その背後を気にすることはない、見ていて滑稽だったぞ。……さぁ、カイナを迎えに行く準備ができたな、フフフッ待っていろカイナ!」
その近日、マトの国がカルの国へと宣戦布告し、攻め立てることになった。
カルの国の街テンにいるユイナは、マトとカルとの戦争に巻き込まれてしまう。
だが、戦争といってもほぼ一方的なもので、カルは首都を制圧され簡単に王は打ち取られてしまった。
その迅速な戦いの期間はたった二日間で、その短い間にカルという国は無くなり、カルだった場所は、元々の土地の名を使いジュカクと命名され、マト国ジュカク州として統治されることになった。
「カルの金貨が鋳つぶされ、マトの金貨に変わった以外、他に変化はなかったわね」
そう言うユイナもその流れの中心にいたが、大した変化はなかった感覚でいた。
「いや、かなりの変化だよ、薬学院は全体の職員が無職になって、再度学のある者を採用すると聞いたし、僕もこれで学院教諭になれそうだよ」
「たしか、お義父さんを嫌っていた現学院長に採用を不採用にされていたんだっけ?でも、ダブハさんならうちの店かお義母さんの店で働けば問題ないのに」
ダブハの母の店は今も好調で、ユイナの店もその支店としてかなり盛況である今は、ダブハが働く場などどうとでもなる。だが、ダブハは前から薬学の教諭になりたくて勉学に励んでいた。
「ま、ダブハさんの夢が教諭となることって分かったから、正直、私はしたいようにすれば構わないと思うけど、別に一緒に働くのも悪くないと思うの……どうかしら――」
そう言われたダブハは笑顔で謝って言う。
「ごめんユイナさん、それでも僕は薬学の教諭に成りたいんだ、父さんのような教諭にね」
ダブハの父は辞めたくて教諭を辞めたわけではなく、長年薬学院の腐敗した体制と教諭という立場にあって唯一戦っていた人格者で、カルの国のその筋では有名な人でもあった。
そんな父を尊敬しているダブハにとって、薬学院教諭は父の跡を続く唯一の道だった。
「父さんは今度の薬学教諭採用試験は受けないと言っていて、その理由が僕なんだそうだよ。僕が父さんを越える薬学の教諭になることが父さんの今の望み、そう僕は言われてね」
「なるほど、お義父さんらしい話だわ。今はお義母さんの店の手伝いをしているけど、あれは前々からしようと考えていたんでしょうね、何の説明も無しに長く働いている店員の何倍も作業量をこなしているのよお義父さんは」
ユイナの言葉に、ダブハはへ~と驚くとともに、父のその様子を思い浮かべて、なぜか納得できる自分がいることに気が付いた。
「そう言えば、昔、母さんが病で店を休んだ時、父さん一人で従業員に指示を紙一枚で済ませていたことがあって、父さんはその時普通に学院にも行って教諭もこなしてたと思う。……父さんに追いつこうと思っていたけど、僕はまだまだ父さんの背中を追いかけることになりそうだよ」
そう言いながら、平机に教科書と勉強用紙に筆を走らせるダブハの横顔を見ながら、ユイナは笑みを浮かべて見惚れていた。
そして、思い出したようにユイナは、あ!っと声を上げて言う。
「そうだ!ダブハさん!私、できたみたいなんだけど――」
「……そうかい、それは大変だね、デキモノは偏食や疲労や寝不足が原因だよ」
「デキモノ?違うのよダブハさん、赤ちゃんですよ」
「…………!」
それまで細い文字をすらすら書いていたダブハは、その筆で大きな点を描いてしまうと、その目を丸くして驚きを表した。
「ちゃんとハッキリ分かるまで内緒にしてようと思ってたけど、これからダブハさんも忙しくなりそうだし、今話しておかないと試験や教諭になってからじゃ、お腹も大きくなってるだろうしね」
「……驚いたな、冗談って落ちではないよね?ユイナさん、そのお腹に赤ちゃんが?」
「うん、まず間違いないわ」
笑顔ではにかむユイナをギュッと抱きしめると、筆がコロコロと勉強用紙に線を描く。
「ありがとうユイナさん、君のおかげで僕は父親になれるんだね」
「そうですよ~、ダブハさんはもうすぐ父親で、お義母さんとお義父さんはお祖父ちゃんお祖母ちゃんになるんです。でも、一つ肝心なこと思い出してもらいたいの……」
彼女の言葉にその表情を見るダブハは、それが何かを理解していた。
「人狼の子が産まれるという事だね、うん、分かってる、二人にも早めに言っておかないといけないことだね」
それは本来結婚前にダブハの両親に伝えるつもりでいたユイナに、ダブハが子どもができてからと言った手前、彼にその責任が重くのしかかっている。
「ユイナさんに嘘を吐かせたのは僕なんだから、君はそんな悲しい表情をしなくてもいいんだよ。大丈夫、僕の両親だからね、ちゃんと話せば気持ちは伝わる人たちだよ」
そう言うダブハに、ユイナもコクリと頷くと、頼りにしていますと耳元で言うのだった。
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