五章ノ参『ユイナの道』
ロウが旅に出て少し経った頃。
カイナはユイナに従業員の増員を懇願されていた。
「見て下さい!完全な人手不足です!」
「だね~どうしようか、やっぱりダブハの抜けた穴は大きいな~」
カイナの店ではユイナが今も働いているが、ダブハは家名を受け継ぐために実家に帰っているため、忙しい店はてんやわんやになっていた。
「確かにダブハくんが抜けたのは大きいけど、問題なのは客足が多いことですよ。やっぱりロウがいなくてダブハくんがいないと、男性客が増えた気がするし、カイナさんの薬膳にさらに品目が増えたのも女性客の増加につながって……カイナさんがそれを作るのに大変だから、店は私だけで~って、無理です!私だけでは無理なんですよ!」
ユイナは数日間は頑張ったが、それも限界を迎えていた。
カイナはカロナの育児に手をかけ、薬膳の料理との両立で精いっぱい、大変なユイナもずっと心配していた。
「ね、ユイナさん、あなた、ダブハのいる街でお店を開かない?」
「え?急に何ですか?私がいなきゃこの店が――」
「この店は休業、薬膳は作り方をあなたが覚えれば街で出せるし、薬は行商人さんに取りに来てもらえばいいのよ」
「……は、反対です!それじゃ、カイナさんとカロナが二人きりで……私心配でお店どころじゃないです!」
ユイナはそう二人を心配していて、カイナはそれを聞いて感謝と同時に言う。
「ありがとうユイナさん、でもね、人にはできること、できないこと、それを割り切ることも大切なの、お店を休業すれば人の数も減って、私の周りは静かになるだけよ」
「危険が増えるような気がするのは私だけなんですか?」
「心配性なのよユイナさんは」
心配になるのも無理ないんですよ、カイナさん最近母性の所為でさらに美人になったから。
ユイナのそんな心情を知らずに、男性客の前で唐突に胸を晒すカイナはカロナに母乳を与え始める。
「「おぉ!」」
「な!こら!男ども!見るな~!カイナさん!ここで授乳はダメですよ!」
「……でも、カロナがお腹空いたって」
こんな無防備な人、一人で放置なんてしたら大変なことになる。
ユイナの不安はますます増していく、だが、カイナの気持ちは変わることはなかった。
数日後、カイナは完全に店を閉めた。
「本当に、閉めたんですね……それでここまで人がいなくなるなんて、本当にカイナさんの言う通り、いや、カイナさんの最後の言葉が効いてのかもだけど」
カイナが閉店の日に客に、〝閉店後、この辺りは獣が増えるかもです、だからウロウロしてたら私が間違って矢で射るかもですのであまり不用意に近づかないでくださいね〟と、弩を見せていたのが効果絶大だった。
「でも、本当にカイナさんがクマを弩で射た時は人狼の私でも驚きましたよ」
「そうかな?小さい時はウサギや鹿を狙ってよく射たけど、一番当てやすいのはクマだよ?当たれば弓に塗った痺れ薬で数秒で動けなくなるから、後は首の部分をストンだよ」
その様子を見ていたユイナは、思い出して苦笑いで右側にカクっと肩を落とす。
「ははは、あの時のカイナさん珍しくたくましかったですよ、本当」
「伊達に小さい時からロウと森生活じゃないの、だからね、ユイナさんも心配せずにダブハくんとこ行ってらっしゃいな」
ユイナは、カイナの言葉通りにダブハのいるカルの街テンへ身を置く決心をする。
テンへと向かった彼女を待っていたのは、店の開店にクウフ夫妻が全面協力していた。
「クウフさん?どうして――」
「カイナに頼まれてね、ユイナの店の開店には全面協力しよう、私もカイナの薬膳のスープは好きでね、だからと言って無理に作ってくれとは言えん。だけど、キミが作ってくれると聞いてな、それなら私としてもユイナに店を開いてほしい。街の方が近いし、カイナに会えないのは残念だが、ここへくればユイナには会えるしカイナの話も聞かせてくれるのだろ?」
「クウフさん……」
涙を浮かべるユイナに、クウフ夫は彼女の頭を撫でると、キミが笑顔だとカイナも笑顔だからな、と笑みを浮かべた。
ダブハの家はテンでは有名な薬師の一族で、その土地の広さにユイナも最初は開いた口から言葉がポロポロと零れ続けた。
「なにこれ、家の敷地内に池がある……いや、むしろ敷地の中に村くらい建物がある方がおかしいか?それと、何この手入れされた庭――薬師ってここまでなれるものなの?」
ユイナがそう呟くと、彼女の隣で聞いていたダブハが言う。
「うちの父様は薬師ではなく、薬師の学院教員で国から補償を貰っていて、母様は薬師で店を経営しているからね、母様の店はこのカルの国一番有名な薬店だしね。お金だけはあるよ」
ダブハはそう言うと、少し寂しそうに家を見ながら、思い返すように言う。
「この屋敷……この広い屋敷に子どもが一人でいるところを想像してごらん」
「……この、屋敷で一人――」
容易に身を抱えて泣いている姿が想像できたユイナは、ボロボロと涙を流し始めてしまい、ダブハは慌ててその肩に触れて優しく声をかけた。
「あ~ごめんよユイナさん、別に悲しむ必要もないんだよ、僕は一人だったけど沢山の知識に囲まれていたからね」
「でも……こんなところで一人は寂し過ぎるわ、小さい頃のダブハさんに私が寄り添って抱き締めてあげたいくらい」
泣いてるユイナは笑みを浮かべてるダブハに、絶対二度と悲しませたりしない!と旨に刻む。
今日はダブハの母と初めて会うことになっているユイナは、内心緊張が限界を突破していた。 しかも、家に入るなりダブハは父親を探しに行くと言って出て行き、ダブハの母と二人きりにされてしまい、正座して待っていた。
豪華な居間には高価そうな飾りが飾られていて、感心が少しありつつも、義母の前では今は借りてきた猫のように静かにしているユイナ。
「あらあらユイナさん……」
「は、初めまして、お義母さん私ダブハさんと結婚を前提にお付き合いしてます、ユイナと言います」
そんな会話の出だしから、ダブハから自分の事は聞いているだろうと推測して、笑みだけは絶やさないようにしていた。
そんなユイナのダブハの母へ対する最初の印象としては、眼つきが悪く怖そうな人、と感じていた。だが、ダブハの母はユイナの前で溜め息吐くと、急に頭を下げたため彼女は慌ててしまう。
「ど、どうしたんですか?!」
「ごめんなさいね、ダブハで本当に構わないの?あの子変わってるから大変だと思うけど、それもこれも私があの子が小さい時に一人でずっといさせたせいなの、だから、悪いのは全部私なのよ」
急な展開に正座してた足も痺れていて、ユイナは中腰になると少しよろけてしまう。
「止めて下さい!お義母さん!あっ足が!」
「あらあら!ごめんなさい、足なんて崩していいのよ、ごめんなさいね気が利かなくて――」
眼つきは悪いが、常に低姿勢でとてもいい人だと理解したユイナは、少し不安の種が減ると同時に、足の痺れに苦笑いを浮かべるしかなかった。
その後、父親を連れて来たダブハはユイナと母親の和気あいあいとした会話を見て、少し驚いた様子ですぐに笑みを浮かべると、よかったと呟いた。
「君がユイナさんかい?」
「はい、お義父さん」
「頼みは一つだ、ダブハは夢中になり過ぎることもあるが、悪い奴ではない、見捨てず気長に傍にいてやってほしい」
一言だけそう言うと、ダブハの父親は手にした書物へ眼を向けて言う。
「私は学院の後任に引き継ぎの資料を渡してくるから、後はお前が相手をしてくれるか?」
「はいはい、後は任せて行ってらっしゃいませ」
笑みを浮かべるダブハの母に見送られ、ダブハの父は出て行き、ユイナは少ししか話せなかったことを残念そうに言う。
「もっとお義父さんと話をしたかったんだけど……」
「父さんは仕事に手を抜くのが嫌な人でね、昔から家庭より私用より仕事優先な人だ……立派な父だと思っているよ僕は」
悲しげな表情だが、その言葉はダブハの真意だった。それを察したユイナは、そっと寄り添うと優しく囁く。
「もっと、遊んでもらいたかった?傍にいてお話したかったのかな?」
「……たぶん両方だよ、でもね、さっき父さんが言っていたんだ、〝仕事が無くなったら時間ができる、だからこれからは話でもなんでも私もしてあげられるぞ、孫の世話だってな〟」
「……そう、いいお義父さんね」
ダブハはコクリと頷いてユイナを抱き寄せた。
二人の結婚式はこの翌日に行われ、二人は永遠の愛を誓い合う。
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