五章ノ弐『結び式』
結婚式は親しい者たちだけで、そうカイナが言うため、その希望通りに人を集めることになった。
ロウとカイナとカロナを除けば、ユイナとダブハ青年、あとはカイナを支援している行商人のクウフ夫妻が参加した。
クウフ夫妻と知り合ったきっかけは、やはり流行り病の時期で、だが、実は別の病気だとカイナが気付いて、新しく病気に効く薬を数週間がかりで完成させ夫人の病気は完治した。
そして、カイナとロウの家を建てた物好きの金持ちの老人は既に亡くなってしまっていたが、実はカルの商業の顔役だった彼は、クウフ夫の父であり、カイナは返せない恩義を夫妻を介して返していくつもりなのだ。
カイナの花嫁衣装を着付けたクウフ夫人は照れながら言う。
「私なんかが付き添いでいいのかしら」
「是非ともお二人には参加して欲しかったんです」
「お義父さんが言ってた通り、カイナちゃんは良い子だわ、家を建てるって聞いて最初は夫も反対していたけど、今では娘のようにカワイイて言ってるわよ」
カイナはそれを聞くと頬を赤くして頭を下げる。
「ロウくん聞いたよ、旅に出るらしいな……、正直、何を考えているんだ!と怒鳴りたい気持ちだが、訳ありなのだろう?カイナのことは心配せんでいい、あの子は幸せになれるさ」
その言葉にロウはただただ頭を下げた。
「カイナさん!素敵です!」
「まるで森の妖精ですね、ユイナさんは森の天使ですけど」
「止めてよダブハさん!恥ずかしいわ!」
「僕は思ったことを言っただけだよユイナさん」
ユイナとダブハ青年は、イチャイチャとしていて、カイナは少し羨ましそうに見ていた。
二人の関係は自身たちの関係とかなり違っていて、ロウは天使だとかカワイイとかそういうことを言わないから、少しだけ羨ましく思ってしまう。
「二人はいつも仲いいよね」
「「はい!」」
カイナは、この式の後俺とは離れ離れになってしまう事を考えると寂しくなっていた。
「ロウさんは遅いねぇ、あの人何しているのかしら」
クウフ夫人の言葉の後すぐにクウフ夫が現れる。
その後を正装を纏うロウが現れると、カイナはボーとそれに見惚れる。
まっすぐカイナの元へ歩き、綺麗に着飾った彼女の手をロウは握る。
「綺麗だカイナ、俺が見てきた女性の誰よりも綺麗だ、そして今日、今のカイナはそれ以上に綺麗だ」
言葉の締めに引き寄せて口付けをするロウ。
つま先さえ宙に浮いてしまうカイナは、その瞬間にユイナとダブハ青年を羨ましいと思ったのが自分の間違いだと理解した。
ロウは、大切な言葉を大切な時にははっきりと言ってくれる。
いつも大切な言葉を言われることは幸せなのかもしれないけど、大事な時にたった一度の大切な言葉がこんなにも胸に響くならそれでいい。
そう考えたカイナは、ただただロウのキスを受け入れた。そんな二人にクウフ夫妻は笑顔で呆れ、ユイナとダブハ青年は抱き合って見守っていた。
式は互いの言葉、その後に周囲がそれを見届けるそれだけで終わる。
お酒を一口飲んだロウは別にいつもと同じだが、カイナは一口で酔ってしまったのかロウに甘えた様子で囁く。
「ロウして、ネェ~ど~ちて酔わないの?ヒニョさんのハチミチュしゅであんなに酔ってたのに」
そうロウに抱き付くカイナにロウは言う。
「今更だが、あのハチミツ酒は本来水で割るように度が濃いもので、俺は原液のままそれを飲んでいたから酔っていたんだ、こんな酒で俺は酔わないよ」
「え~じゃんねん、久しぶりにペロペロしてほしかったのにゅぃ」
三人きりであるため気が緩んだカイナは、ロウの体をベタベタ障りながら甘える。
「オオカミの姿がいいの~、舌長いの~あったかいの~」
そう甘え始めるとロウはすぐに姿を変えて、カイナは服を脱いで頬を寄せる。
「やっぱりわたちの好きなロウはこっちなんだよ、人間の姿もいいけど、モフモフで温かくて……ねぇ出かける前に、もう一度――ね?」
ロウがそのカイナの誘いを断ることはなく、妊娠し出産を終えてようやく落ち着いて体を重ねる二人は、互いの体温を温め続けた。
そんな二人の別れの前だからだろうか、カロナも夜泣きもなく静かに寝息を立てていた。
数日後、ロウは静かに旅立つ。
見送りはカイナ一人で、渡せるだけの金貨を手渡した。
「このお守りとこれを持っていって、少ないけど私たちが困らないくらいには残してるから心配しないで」
「いや、俺は別に食事するわけでもないし、野宿にも慣れている」
「だめ!私ができる事なんてこんな事しかないから……こんなことしか――」
この時、どうしてロウが金貨を受け取る事を拒否したのか、カイナは深くは考えなかったが、ロウは森を抜けて森の反対側へ行くつもりだった。
森の中心を抜けるのは生者では不可能とされ、それが魔の物の住処という訳ではなく、森の中心に溜まっている瘴気が原因で、不老不死のロウだからこそ立ち入れる領域なのだ。
「カイナがそれで満足するなら貰って行こう」
「うん、気を付けてね、カロナのことは心配しないで、私がしっかり育てるから」
「そんな心配などしていない、カイナは良き母だからな」
カイナの頭を撫でたロウは、その後すぐに別れ森へと向かう。
「ここからが中心か……」
分厚い黒い気配と、黒い空気は瘴気と呼ばれる生者に害を成すもので、それが満ちているところが森の中心だった。
既にロウの肌がジリジリと焦げるように痛みを伴って、呼吸したその瞬間から肺が焼ける。
深呼吸したロウは意を決して前に踏み出した。
『キリン、キリン食う、キリン、ニクイ』
声は聞こえるが、魔の物は中心部では形を成しておらず、その感情だけを瘴気として吐き出しているのかもしれない、とロウは考えながら前に進む。
普通の人狼や人間なら空間の負の感情で気が狂ってもおかしくはない、が、ロウはメイロウを宿しキリンの加護もある。加えて、既に百年以上も無感情で生きているため、その闇の中をただただ無感情で進んでいた。
惑わそうとしているのか、時々、カイナやカロナの幻影を見せてくるが、ロウはただ前へと歩き続けた。歩き続けて約二か月ほど経った頃、ロウの前に光が差し込み、徐々に瘴気が薄くなっていった。そうして普通の森に出たロウはそれでも歩みを止めることはなく、森から抜けて周囲の景色が変わっても歩き続けた。
ロウは視力を失い、聴覚を失い、嗅覚も失っていた。だから歩みを止めることはなく、ある時ピタリと足を止めた。
それは感覚を失って一週間ほど、失っていた感覚が徐々に戻ってきたからだった。
「これは塩水の臭いか?」
視界がボヤケていてはっきりとは見えないが、ようやくロウは森を抜けたことに気が付いた。
平原の奥に広がる青色とも緑色とも言える水平線が視界に映り、オオカミの姿で森に入ったはずなのに、出た時には胴にまかれていた荷物も無く人の姿で裸だった。
唯一首から下げたもカイナの手作りのお守りと、その中にある金貨数枚だけが無事で、背負っていたはずの衣類や金貨全てを無くしていた。
「命とカイナのコレがあるだけ、まだましということなのか……」
そう言いつつ、実に二か月と少しぶりにその場に座り込んで、そのまま狼の姿になり、睡魔もないのに眠りに付いた。
その睡眠は体の治癒を目的としたものだったが、彼が目覚めると辺りは雪が降り積もる冬の季節を迎えていた。
「海を見た時はまだ暖かかったが、それほど寝ていたのか……」
狼の姿のまま積雪をかき分けて、ロウはある集落を見つける。
海を見るのも初めてだったロウは、その集落が漁村であることを知らずに村に近づいた。
冬だからというわけではないが、人の気配はなく、ロウは一つの建物に無断で入った。
そこには、もうずっと誰も住んでいないことが分かるほどに草やコケが生え、カニの死骸や抜け殻が散乱していた。
「人の気配がない、いや、無さ過ぎる」
建物を出て、ロウは海に浮かぶ木造の船に目を奪われる。大きくはないが、プカプカと浮かぶそれは彼に興味を与えた。飛び乗り、波の揺れを感じ、その感覚をじっくりと楽しんだ。
ようやくその村を出ようとした時だ。
「めっずらしいの、狼がここさいるのは」
老人が馬車の上からロウを見てそう言う。
「おめぇ、この辺は人がいないからいいが、北さ行くでねぇぞ、あの辺の人間はすぐ獣さ狩るぞ、そいで食うんさ」
老人はどうやら人狼というものは知らないらしく、ロウをただの狼と勘違いしてそう言った。 ロウは老人が去るのを待って、北を目指すべく太陽の方角を確認した。潮風を堪能し、足早に駆けるロウが次に会った人間は、鋼の甲冑に鋼の剣を持つ傭兵集団だった。
小さな陣の回りでウロウロしていた兵士、それが傭兵であると分かったのは、歌を歌っていたからだ。
「俺たちサイの傭兵団!最強!最高!」
そんな中、傭兵の一人がロウに気が付いて近寄ってくる。
傭兵は剣も抜かず、かといって油断している風でもなく手に肉をチラつかせる。
「ほれ、食え、食えよ、ほら、そしたら首根っこへし折って皮ひん剥いて食ったるぞ」
ただのオオカミだったらそうなっただろう、ロウはそう思いつつ、傭兵に飛びつき人間に成って首を絞めた。
「おぉおおお――……」
人を殺すことに抵抗はない、特にこの血の臭いで鼻が曲がってしまう土地では、ロウに聖獣の縛りもない。
服と鎧と武器を奪い、ロウは傭兵集団の中へと入っていった。
「少しいいか?」
ロウは酔っぱらった傭兵に話かけると、古い物語や聖獣に関する話を聞こうとする。
「昔話?逸話?そうさな、この辺はスイリュウとかいう神と人との闘いや、人魚と人の闘いがそれにあたるかの……
「ここで何をしている?」
「ここで何を?そんなの領主対領主の戦争に雇われたんだろオンシも」
その後、さらに逸話の話を聞くロウは、ある事実を知ることになる。
「ここはスイリュウの地、エンコと言えば西南にと聞くな~、そこからさらに南に行くと最近噴火し続けている火山があると聞く」
聖獣が時折見せる知識と照らし合わせると、ロウはいつのまにか目的の西の地ではなく、北側へと着てしまっていた。ほんの少しだけ、時間がかかり過ぎている気はしていたが、それをロウが口にすることはなかった。
誤算だが、ある意味ロウは悲観せず、スイリュウの縁者と会い、アンジャについて探ろうと考えた。人魚がいるとすれば、それは水中なのかもしれないという考えがあった。
「思っていたよりも聖獣に会うのは難しいようだな……、キリンやメイロウが見せる知識ではアンジャの居場所も分からない、だから、エンコかスイリュウかフウチョウに会えれば……」
そんな考えを抱いていたロウだったが、予想以上に聖獣探しが難しいことに気が付いてはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます