四章ノ肆『娘』
カイナの元へロウが帰ると、事態は急変していた。
生まれそう、カイナの言葉にユイナは急いでお産の準備にかかった。
「はい!カイナさん吸って~吐いて~吸って~吐いて~」
ユイナに言われるままカイナは深呼吸をするが、あまりの痛さに叫ぶ。
「ロウ!ロウ!」
ロウは獣の姿でカイナに寄り添っていて、その毛を力いっぱい掴む彼女はほぼ無意識にそうしていた。互いに痛みを伴い、お産に立ち会うロウにユイナは感心し、そして、カイナが自分より年下で母に成ることに少し興味を抱いていた。
「頑張って!カイナさん!」
到着後直ぐに出産だったため、ユイナは疲労していたが、カイナの出産は長引き食事もままならなかった。そうして、ようやく赤子を取り上げて最初に言った言葉は。
「こ、子どもが!人間の姿なんですけど!」
彼女は経験上、狼の姿の赤ん坊しか取り上げの経験がなく、人間の姿をした赤子を取り上げたことはなかった。それゆえに、彼女は母体と胎児に繋がった臍帯を見てさらに悲鳴を上げた。
「なんか繋がってるんですけど!」
人狼の出産では、臍帯は事前に取れていて、胎児より前かその後に出てくるのが彼女の常識。
疲れもあって、パニックになったユイナにロウも戸惑ってしまう。
しかしその時、カイナが冷静にユイナに声をかけた。
「それは赤ちゃん側で少し残して切って、それから止血のために綺麗な紐で結んで置いて」
出産で疲れているだろう彼女は、それでも母親としてこの場で一番しっかりとしていた。
「私の方は放置して後産で出てくるから、もしそうならなかったらかき出さなきゃだけど、切開とかにならなくて本当によかった……」
出産の疲労で顔色も良くないカイナがそう言うため、ユイナは急いで言われた通りに従った。
産声に反応するカイナは、早く娘を抱いてあげたいがために、ユイナを急かしたいが、娘の為に冷静に冷静になろうとするも、ロウが娘を舐めると眉を吊り上げる。
「舐めちゃダメ!」
その声にロウは尻尾がうな垂れて、カイナの言葉に従った。
ようやく産湯などで綺麗になった赤ちゃんを、ユイナは綺麗な布で包んでカイナに見せる。
「あぁ本当に可愛い、可愛いな」
疲れた顔で満面の笑みを浮かべるカイナにユイナは言う。
「名前は考えているんですか?」
「名前?……カロナ、あなたの名前はカロナです」
ロウはそっと娘の顔を覗き込む。
「目元がカイナそっくりだな」
そう狼の姿で言うが、ユイナはその言葉が理解できるが、カイナは理解できないため、気を利かせたユイナは通訳した。
「ロウさんが目元がカイナさんにそっくりだってさ」
その後、後産が済むとようやくカイナは落ち着いて眠り、ロウは子どもの様子をジッと見つめているため、ユイナは掃除や洗濯などの後片づけに食事まで用意して二人を助けた。
「本当に助かったわ、で、紹介してくれないの?ロウ」
獣の姿のままのロウは娘に夢中で尻尾もご機嫌だった。そのため、ユイナは自分で自己紹介しようとカイナの隣に腰かける。
「ロウさんの古い知り合いの孫の孫の孫の孫の孫の……とにかく、孫のユイナと言います」
あまりに孫の数が多かったため、カイナは苦笑いで返す。
「ユイナさん、本当にありがとうございました、何から何まで――」
「いやいやぜんぜん、結局カイナさんの助言なしじゃ、あたしなんて役に立たなかったですしね、いや本当に」
ユイナはそう言うと一呼吸置いて頭を下げる。
頭を下げる意味が分からないカイナは、戸惑って彼女に理由を尋ねた。
「どうしたの?話してみて」
「お願いがあります、私をここで働かせてもらえないでしょうか」
「ここで働く?」
「あたしは帰ったら嫌いな相手と結婚させられ、その子どもを孕ませられます」
「……だからここで働きたいの?」
はい!と言うユイナに、カイナはすぐには頷かなかった。
それはこのジュカクがそれを差し引いても、人狼に厳しい地であることをカイナはよく知っていたからだ。
「ここで働くのは辛いことが多いと思うわ、日の国がどうかは知らないんだけど、この国の兵士は人狼にはとても冷たいのよ、今はあなたのことだけかもしれないけど、いずれは子どものこととか色々状況が変わってくるのよ?」
カイナは心配そうに話すと、その立場に自分も当てはまることに気付いて少しだけ不安になる。ただ、それに気付いたロウがそっと傍へと寄って来て、人の姿で隣に寄り添う。
「カイナ、どうした?」
「ううん、大丈夫――」
カイナの言葉を聞いて俯いたユイナ、だが、すぐに顔を上げるとハキハキと言う。
「私!こう見えてもタフですから!あと!人に化けるのは得意なんで!」
確かにユイナが狼の姿に代わったところをロウも見たことがない、おそらくは、彼女もロウのように人間に近しい側として生まれて、それゆえに人の姿で長く過ごせるのだろう。
ユイナがハッキリと意思を示すと、カイナはそれ以上反対することはしなかった。
翌日からユイナはカイナの店で働き始め、ダブハ青年と最初の挨拶にカイナも驚きを隠せない。
「初めまして、私と結婚してくれませんか?」
「え?!」
ユイナのそのもはや挨拶ように求婚する癖は、カイナとして不安の一つで、見た目美人なだけに変な男について行かないかを心配していた。
ダブハ青年はユイナと一緒に働くようになって、先輩という立場からか、前よりしっかりしたようにカイナは感じていた。
ただ、ロウが帰ってきたことで、前の様にカイナに見惚れていることは無くなって、その点ではロウという存在が大きく変化をもたらすきっかけになったが、結局、カイナと二人きりという状況がダブハ青年であれ誰であれ、そうなってしまう原因なのかもしれない。
「いらっしゃいませ、薬ですか?それとも本日の薬膳スープですか?」
「本日の薬膳スープで」
それはユイナの提案で始めたカイナの薬膳スープの販売。
初めてユイナがカイナのそれを口にした時、思わず〝売れる!〟と大声で叫ぶほどの美味さで、カロナの育児に忙しいカイナは店をユイナに任せているため、最初は知らなかったが、いつの間にか客層が広がり、客足も増えていて普段店の手伝いなどしたことがないロウも、注文を受ける程度の仕事をユイナに押し付けられていた。
「あっちの二人も本日のを所望している、その奥の人は薬を売って欲しいそうだ」
「はいはい、ダブハさん、奥の人の対応してください!スープに関しては新しいのをカイナさんが作ってるから、ロウさんは一足先にお昼食べちゃって」
そう言われたロウは隣の自宅へと帰ると、カイナがカロナを背負ったまま料理をしていて、その様子を後から見ていると、その項に見惚れてしまい声をかけそびれる。
「……うん、美味しい、ん?あら、ロウ戻ってたの?」
「……あぁ、カイナの項に見惚れていたところだ」
カイナはロウの言葉に頬を染めて、その項に手を置いて隠す。
「もう、どこ見てるの……ロウったら」
スープを取りに来たダブハ青年だったが、ロウがカイナを抱き寄せてキスをするところだったため、彼は咄嗟に小さな声で呟く。
「お、お客さまには……時間がかかるって、そう言っておきますね――」
だがその時、ユイナがあまりにスープが届かないことに痺れを切らして入ってくる。
「はいはい~失礼しますね~これ持っていっちゃいます~はい!ダブハさんも早く戻った戻った!あ!カイナさん、今日はスープはこれで最後で構いませんから~」
そんなユイナにカイナとロウは互いに目が合うと、クスクスとフっと笑ってしまう。
「本当にユイナは商人に向いてるよ」
「そうだな、アレは天性のものだろうな」
二人はそう言ってもう一度見つめ合い、口と口を重ねようとした。しかし、カロナが泣き始めるとカイナはそれに構って、ロウはそれを優しい笑みで見守っていた。
「あ~泣かないで、ご飯かな?おしめかな?それともご機嫌ななめかな?」
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