四章ノ弐『生まれくる命』
王宮から脱出した私たちは、人狼の森から住む場所を変えることにした。
それは、第一王子のアシムが私たちを探すため私兵を派兵したからだ。
そして、私は移住の前にリユイ村へ立ち寄り、その様子を眺めていた。
狼の姿のロウが、それでいいのか?と言わんとする表情で見る。
「迷惑はかけられないから」
私は挨拶することなく村に向け頭を下げた。たった数年だったけど、本当にこの村の人たちには助けてもらってばかりだった気がする。
ヒノさん、ダンさん、テルさん、アリユさん、今は亡き村長さん。
私たちは南のカルの国にある人狼の森と同じ森、でも呼び名がジュカクの森という場所へと向かった。
その理由としては、ジュカクのキリン眷属が既に人間に狩られ、魔の物が森の奥から湧いてきているからだ。人狼の森の奥から出てくる魔の物は、実はジュカクの森の奥から湧いたということはロウが夢に見たと言う。ロウはただの人狼ではなく、聖獣と呼ばれるメイロウの魂が宿っているのだそうだ……と言われても私にはよく分からない、それでもロウがせっかく話してくれたからちゃんと覚えておこうと思う。
カルの国は聖獣の眷属に敵意が強く、聖獣をただの獣として考えているけど、既にキリンとその眷属がいなくなって久しく、誰もロウが人狼であるとは思わなかった。
といっても、ロウが人の姿でいることが一番気付かれない理由だけど、たまに狼の姿を見せて欲しいと私はお願いする。人の姿だろうと狼の姿だろうと、本当はどちらでも構わないけど、人の姿のロウと目が合うとっても気恥しい……顔立ちが男前すぎるから。
ジュカクに移り住んで半月経った頃、私は気持ちが悪くて食べた物を吐いてしまった。
「どうしたんだろう、おかしいな、急に気持ち悪くなってきたな」
ロウは心配そうに私の背中をさすってくれる。
「……カイナ、俺の弟の話を覚えているか?」
それはロウの弟さん、ムロという名の人狼の話。
「うん、あなたの大切な弟だった人よね」
「ムロを母が授かった時……今のカイナのように急に具合が悪くなったことがあったんだ。母はそれを〝つわり〟と言っていた」
なるほど!と私は内心納得しつつ、声を上げて驚きを露にした。
「え!じゃ、私のお腹の中にロウとの子どもが!?」
まだ確証もなかったのに、私は嬉し過ぎて宿った命に歓喜した。
祠も無いジュカクの森で、私とロウは最初野宿しながら過ごしていた。
私はロウさえいれば森での生活を苦に想うこともなかったけど、さすがにずっとこのままだといけないと考えて、例のはやり病で薬を売ったお金で、近くの村の大工さんにお願いして、森の中に質素な小屋を立ててもらった。
「ここが新しい我が家よ」
「祠より少し狭いくらいか?もっと広い建物にしてもらえばよかったんだ、砂金ならまだ残っていただろ?」
ロウが集めた砂金は初めて換金した時の数十倍はあって、それを元に家を建てようと提案してくれた。でも、私はそれを断った。
「この砂金はいつかこの子のために使うのよ……子どもってお金がかかるって母さんも言ってたし、もし、私に何かあった時、ロウだけでこの子の面倒を見るんだよ」
「……確かに、俺はまだこの辺の砂金の場所は分かってないからな、その内見つけるがな」
私はその言葉に、砂金って探せる物なんだ、と少しだけ、ならもう少し大きな家を建てておけばよかったかな、そんな事を思ってしまった。
その後、直ぐに頭を振った私は言う。
「薬師として、稼いだお金で私はもっと広いお家を建てるんだから、見ててロウ」
「俺も薬草採取は手伝う、カイナのおかげでカイナが扱っていた物の場所ならニオイで直ぐに見つけられる」
そのロウの言葉に私また、ニオイだけで探せるんだ、と少しだけ羨ましく思ってしまう。
「そ、その、ロウのお鼻ってどれくらいの正確なニオイが分かるの?ワンちゃんと同じくらい?」
「いや、犬の数十倍とか……ツナム・ハジクが言うには、他人の尿意が分かるくらいの嗅覚だと言っていた。だが、正直尿意は分からないからそれはあてにはならない、せいぜい誰がしたものか分かるくらいか、カイナのものはもう嗅ぎ慣れているから直ぐに分かるぞ」
その時の私の顔はさぞ綺麗に赤く染まっていたんじゃないかな、好きな人に排泄物のニオイを覚えられてるなんて、恥ずかしさの極致だと思うし。
私は薬師としてジュカクの森を探索し、ロウは守杜としてジュカクの森を探索するようになる。少しして、ようやく販売できるだけの薬が作れる材料が揃って来て、私は暇さえあれば薬を煎じていた。
ロウは魔の物の数が少し多いと言って晩頃まで帰らないが、帰ってくると、大量の上質な薬草を持って帰ってくる。
「これ、とても珍しいものよ、これも、これもとても上質だわ、こんなの私売ってる所しか見たことないわ、凄いロウ」
私の薬草採取より何倍の成果を出してくれるロウ、でも、ロウが持ってくるその高価な薬草たちは、正直売り物にしては高くなりすぎて、村なんかでは扱えないというのが本音だった。
でもそんな事をロウに言っても仕方がないから、私は受け取るだけ受け取って普通の薬に少し混ぜる程度の使い方をすることにした、そうすることで効能が上がるのは分かってたから。
「魔の物がやはり多い、が、北にいた頃よりも小さく弱いものばかりだ。数日間狩り続ければ、その内夕方に帰れるようになる」
そうロウが言う中、私はロウの胸板に触れながら、真新しい寝台の寝心地の良さも相まってすぐに寝ついてしまう。
「おやすみカイナ――」
「聞いてるか、ジュカクの森に効き目の良い薬を売る薬師がいるらしいんだが」
「ああ、貴族が惚れこむほどのベッピンらしいじゃないか!俺も見に行きて~な」
ジュカクの森にやたらと効き目の良い薬を売る美人な薬師がいる、その噂はすぐにカルの国中に広まる。
カルの国は薬学には国を上げ人材を育成していたため、すぐに何人もの人間が私の腕を確かめるために訪ねてきた。
その腕もそうだけど、容姿だけを見に来る人も多くて、既にロウがいると分かるけど、何人もが私に甘い言葉だけを囁きに来た。
「カイナ、あぁ美しい乙女よ、こんな森ではなく我が屋で暮らさないか!」
「ははは、ありがとうございますスベイさん、でも、私この森の中がとても居心地が良くて、それに〝夫〟もいる身ですので――」
中には、スベイさんのようなカルの国の貴族が求婚に訪れることも少なくなかった。
そんな時、私の薬と容姿に惚れこみ、私とロウと産まれてくる子のために森に家を建ててくれると言う物好きなお金持ちの商人が現れ、私が大工さんに立ててもらった小屋の横に、勝手に一軒家を作ってしまった。
何度もお断りしたけど、その人は頑なに止めようとはせず、かなりお年を重ねられている方で、家族の反対もある中強行していた。
「人生の終わりに惚れた女への土産じゃ、胸をときめかせてくれた礼くらいさせろ」
そう言って、私も結局最後まで押し切られてしまった。
ロウはその人のこといい奴くらいに考えていたけど、本当に後でどうなるか分からないのは怖くて、私はこの時ほど〝タダより高いものは無い〟という父の言葉に怯えたことはない。
その家が完成する頃には、私のお腹は見ただけで明らかに大きくなっていた。
「ツナム・ハジクが言うには、あいつの娘が妊娠した時も人よりも大きい腹になったらしい、あいつの推測では腹の中で子どもが人の姿と眷属の姿に順番に変わっているせいで、大きさが変わるのだろうと言っていた」
「そんな事どうでもいいから、早くほら」
私がロウに催促するのは狼の姿になることで、ジュカクではなるだけ人の姿をしているロウに少し不満を持っていた。
ロウとしては、ジュカクの森のあるカルの国が、人狼に容赦がないのが分かっているため、獣の姿は絶対に見せたくないという考えがある。けど、ロウは私のお願いを断れない。
「ロウほら、キスして」
甘える私に、ロウは獣の姿で顔に口を近付ける。
その甘えは、母親になる私にとって、少し不安だった心の表れ。初めての妊娠で初めての出産、人狼の子であることは間違いないのだ。もしも、ちゃんと生まれてこなかったら、そう考えて夜中目が覚める時も少なくはなかった。
「あ!今、お腹蹴ったかも!」
ロウは私の言葉にその獣の耳を腹にピタリとくっ付ける。
「元気に生まれて欲しいな」
そう呟くとロウも小さく、コクリと同意してくれた。
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