三章ノ肆『第一王子アシム』
最近、朝は汗ばんで目を覚ます。この季節のロウの体は傍にいると暑くて仕方がない。
でも、あえてくっついて寝ていると、喉が渇いたのか私の汗をロウが舐めるのがとても心地いいからやめられない。
首をペロペロ、胸元をペロペロ、特にロウのお気に入りは脇の下を舐めることだ。
くすぐったさと、よく分からない感覚で私は悶えてしまうけど、ロウは執拗に脇の下を舐めてくる。朝起き上がると体はベトベトになってるけど、なぜか満足感から嫌ではない。
ベトベトなのは洗えばどうとでもなるし、ただ一つ言うなら、最近はそれだけじゃ物足りなくなってきている自分がいるということが問題と言えば問題かもしれない。
「……もしかして、私、ロウのこと思っている以上に好きなのかも」
でもロウは人狼の末裔で、ただの狼で、でも頼りになって、世界で一番大切で、これからもずっとそばにいたい、でも人ではない。
「どうして人間じゃないとだめなのかな……」
私は不意に悲しくなってそう呟く。寝台から降りると、一度背伸びをし膝を曲げてから朝食の準備を始める。
食事の準備はもう慣れたもので、いつものように米櫃の取り出しの栓を外すと、お米がサラサラと音を立ててザルにお椀一杯分だけ出てくる。
「またやっちゃった――」
米櫃を切らしてしまうのも昔は何度もあったけど、最近ではかなり久しくしていない失敗だった。いやむしろ、私の唯一の失敗はこの米櫃から始まり米櫃に終わると言っても間違っていない。
「村に買いに行こうかな、ついでに少し早いけど薬も持っていけば喜ぶよね」
私がそんなことを考えていると、ロウはいつの間にか水浴びをしに祠を出ていて、その後はまた魔の物が現れていないか森の奥へと様子を見るために向かうのだろう。
ロウは森の奥へと向かう時、いつも私のことを考えているのだろうか、そんな事を私が考えていることをきっとロウは知らないだろうし、私はただただ自分がロウを想いさえすればそれでいいと考えていた。たぶん、その頃からもうロウのことを、ただ好きというものではなくなっていたと自分で思い返しても分かる。
「はぁ~ロウとお話できたらな~」
そんなことを考えながら、私は漬物と煮物と汁物を作って、ロウがいつも食べる寝台の隣の小さな机の上へ置いておく。
そうしておくと、森から帰ってきたロウがいつの間にか食べて空になっているのだ。
私も自身の朝食を食べ終えると、お米を買うためにリユイ村へ向かう。
薬を持って、薄い化粧をして、いつものように行ってきますと祠に挨拶して家を出た。
村で薬を買い取ってもらった私は、お米を買いヒノさんの特性ハチミツ酒を買い帰ろうとする。そうしたら急に村長の息子のテルさんに声をかけられて、コソコソと村長の家に隠れることになってしまった。
「今、村に王子様が来てるらしくて、カイナを探してるらしいんだ」
村長の家から外を覗くと、雅な神輿を担いだ一団が確かにいた。
「あれに王子様が?」
「たぶんね、第一王子のアシム様、例の病の薬を買いにきたそうだよ」
私は王族にはあまりいい印象がないため、その時は絶対にいる事が知られないようにしていた。
「大変です王子の容態が!」
でも、第一王子は急な病状の変化にその場で倒れてしまったと騒ぎになり。
「王子!王子!ええい!貴様ら!王子の容態が芳しくない!誰か!薬師のカイナという者の居場所を教えよ!」
急な展開になっても私は身を隠していた。でも、次に王子の傍付きのような男が言った言葉で私は出ざるを得ない状況になってしまう。
「ええい!あくまで隠すつもりか!王子がここでお亡くなりになられたら!この村の全員の命で償ってもらうぞ!」
「何を……そんなのは横暴ではないですか!」
「うるさい!王族が死ぬことの罪の重さが分からぬ貴様らの愚かさの末路だ!」
村長のダンさんにそう言う王の部下で、王家や大臣の理不尽なやり方は私も身に沁みるほどに理解していて、大切な村の人たちを同じ目には合わせられないと、意を決して名乗り出た。
「私が!……私が、薬師のカイナです」
「カイナ!何故出てきた!」
男は私の傍によって来るとジッと顔を見る。
「王子、彼女が薬師カイナで間違いないと思います」
「そうか、では逃げぬように縄をかけよ」
「いや!痛い!」
私は後ろ手に両手を縛られ、さらに上半身を胸を避けるようにもう一度しっかりと縛られた。
その時、痛いと声を上げると兵士は二ッと笑みを浮かべる。
「およし!カイナちゃんに手を出すのは止めておくれ!」
杖を突いてアリユさんが私を助けるために出てくる。
「アリユさん、大丈夫ですから」
私がそう言っても、アリユさんは歩みを止めない。
「大丈夫なものかい!そんな不安そうな顔して!命の恩人を放っては置けないよ!」
杖を持ち上げると、ふらついてお尻からこけてしまうアリユさんは兵士に怒鳴る。
「老人になにをするんだい!」
「な、何もしてないだろ」
私はアシム王子に騙された。容態急変は芝居で、新しい薬が入っていることから、私がいることを分かっていて小芝居を仕組んだ。
「ふむ、確かにどんな女よりも美しい、口元の紅――」
私を神輿の傍に立たせて、無理やりに唇と唇を合わせようとしてくる王子に私は必死に抵抗した。でも、顔を押さえつけられ無理やりに合わさると、舌が私の口の中に入ってくる。今でもあの時の事は、忘れたいけど憶えていて、屈辱と嫌悪だけの感覚で背筋が凍り付くような体験だった。
「おい、用は済んだ、さっさと帰るぞ」
「は!」
私は神輿の中に乗せられ、汚された想いで外を見ると、村長のダンさんと息子のテルさんが兵士に立ち向かった後であることに気が付いた。二人は、私が唇を奪われた瞬間に王子に殴りかかろうと前に出て、兵士に殴り飛ばされ押さえつけられたのだ。
「村の人に手を出さないで!」
「……ほう、中々に胆が据わっているな」
神輿が揺れ始めて数分経ったくらいで、紐を外された私は、ベタベタと体をアシム王子に自分の物のように触れられ耳に息を吹きかけられる。
「止めて下さい」
「俺様に薬を飲ませろ」
そう要求され、私は入れ物を要求する。
「入れ物はどこですか?」
「何を言っている、お前は病人に口移しで薬を与えるのだろう?」
本当に嫌な人だ、そう思いながら薬を口に含んだ私は、彼の頬を押さえ無理やり口を開いて含んだ薬を吹き入れた。
「貴様王子様に何を!」
「構わん、気の強い女は嫌いではない」
だめだ、何をやってもこの人を喜ばせるだけなんだ。私は、ただただ何もしない方が一番彼が嫌がると考え、私の体を好き勝手に触れ撫で舐める王子をその後は話しかけられても無視していた。
「俺は無視されることさえも美人なら許せると考えている、それが何年続くか楽しみだぞ」
私は無視を続けていたけど、それさえも彼は、私の心を汚すために利用しようとしていた。
私は自身の状況に、かつて母も同じ気持ちで王の傍で囚われていたのだろうと考えていた。
「アシム王子様だ!」
「キャァァア!アシム様」
「王子様カッコイイ!」
首都に馬車が入ると、そんな女性の声が聞こえてくる。どうやら、アシム王子は容姿がとても良いらしい、そう分かったのはその出来事が一度や二度ではなかったからだ。
父と母を亡くして以来の首都、嫌な思い出が私の気分を悪くさせた。
「どうした?気分が悪いようだな」
「……おかげさまで」
強がってはみても、今は彼に触れられることより、当時を思い出してしまうことの方が心にくるものがあった。むしろ、人の体温に心が逃げたがっていて、それを私が望んでいることを気が付かれないようにした。でないと、今は誰にでもすがってしまいそうな気分だったから。
「耳の裏が弱いのか?」
「……」
私が反応する弱い部分を探す王子、気持ちいいと感じる場所は脇の下と私だけが知っている。
「私はあなたには感じないから」
私の言葉に眉を顰めた王子は慌てた様子で言う。
「あなたには?お前、誰か恋人でもいるのか?」
私はロウを思い浮かべ笑みを作って言う。
「私にはロウがいるわ」
その時の王子の悔しそうな表情は今でも忘れられない。まるで、子どもが自分の玩具を他人に取られたような反応だった。
「ま、まぁいい、お前が誰かと想い合っていようと、いずれ私のものにしてやる」
そう言って王子は私の鎖骨を舌で舐める。ロウと比べるとただただ擽ったいだけのその行為を、私はジッと無表情で受け続けていた。
立派な建物は王宮であるのは明らかで、神輿を下した男の人たちは、大量の汗を流しながら肩で息をしていた。その横で私は王子に手を引かれながらその建物内へ強引に招かれる。
「お帰りなさいませアシム様」
数十人の女性、メイドと呼ばれる彼女たちが男を誘うような薄着で王子を出迎える。
王子は私の腰に手を回してメイドたちに解散を促す。
「帰ったぞ、皆変わらず働け」
メイドたちがサッといなくなると、私は王子の私室へと連れていかれる。
「湯浴みの準備だ、早くしろ」
一人のメイドが王子の服を脱がし、続いて私の服を脱がし始める。私はただただそれを受け入れるしかなかった。服を全て脱がされた瞬間に、一度だけ力強く右胸の先をギュッと握られた私は、声を上げてメイドの手を叩いた。
「痛い!」
「この売女、王子様にあなたのような森の民は相応しくないわ」
女の嫉妬を直接体験したのはこの時が初めてだった。
そして、王子の私室は隣に湯浴み用の浴場が常設させられるほど広く、小さな池ほどのそこへ大量の湯が湯気を上げていた。
私がボーと立っていると、後ろから王子がお尻に触れて言う。
「体に少し傷があるな、森での生活のせいか」
王子の言う通り、私の体には森での生活で小さな傷が沢山ある。その傷は服を脱がないと見えないため、実質ロウ以外で始めて見せた相手が王子になる。
「そんな傷さえも、お前という女を引き立てる一つになっているな」
普通の女の子なら感激するかもしれないセリフだったのかもしれないけど、私は何を言っているのか分からなくて一言だけ吐いて湯船に浸かった。
「傷はただの傷」
「ふぅ、やれやれ――」
私の態度に王子は少し呆れた溜息を吐くと続いて湯に入る。
湯は白く濁っていて、それが薬湯であると直ぐ気付いたけど、初めて入った薬湯に少し感動していた。自身のそんな部分は図太いと正直関心する。
白い湯で自身の視界では確認できないけど、さっきから右側にいる王子の左手が私の股を弄っていて、最初は――またか、と無視していたけど、次第に妙な感覚に襲われ私はその手を拒絶した。
「もう、いいでしょ?止めて下さい……」
王子は口を私の耳に近づけて笑みを浮かべて言う。
「なんだ、感じてはいるのか」
私が薬湯だと思っていたこの湯が原因なのは明らかだけど、それがどういうものなのかは一切分からないままで、その後も王子に身体を弄ばれ続けた。
『ロウ、助けて……ロウ、ロウ――』
そうロウの名前を呼び続けることしか、その時の私には出来なかった。
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