TAKE5

 翌朝、目を覚まし、手早く身支度を整えると、俺は副都心にある千草しおりの事務所に向かった。


 公共交通機関でも使えばすぐなのだろうが、タクシーを捕まえ、飛び乗る。


 身体の痛みはまだ消えない。


 彼女の事務所は豪壮なビルが立ち並ぶ中にあっては、至って質素な方だったが、それでも20階建ての最上階のうち、半分を占めるほどの威勢はあった。


 ドアをノックして俺が入ってゆくと、中には彼女と、それから女性の事務員が二人。


 それにもう一人、色の白い縁なし眼鏡をかけ、痩せた中背の男がいた。



 しおりは目の周りを腫らした俺を見て、びっくりしたように『どうしたのか?』と訊ねた。


『その前に人払いを頼む』俺の言葉に、彼女は二人の女性に外に出ているように言うが、縁なし眼鏡男だけは動こうとしない。


 俺が怪訝けげんな顔をしていると、彼女もすぐそれと察したのだろう。


『彼は私の婚約者で、音響監督の・・・・』


『矢作と言います』


 そう言って名刺を取り出して渡す。


 俺はそれを受け取ると、代わりに認可証ライセンスとバッジを出して彼に見せた。

『職業柄、滅多に名刺は渡さないことにしてるんでね』


 少し憮然としてはいたものの、彼も状況を理解したらしい。


 そのままソファの、しおりの隣に腰かけた。


『やられましたよ・・・・貴方を強請ってた連中にね・・・・いや、正確にはその仲間と言うべきかな?』


 俺は例の速水という男のマンションを訪ねたところから、車に連れ込まれた事、


 そしてあの酷いについて、要点をかいつまんで説明した。


『私のところにも来ました。』


 最初は事務所のパソコンにメールで、次には電話で、今度は具体的な金額まで持ち出し、

『金で解決を着けようじゃないか』と言ってきたという。


『額は?』


『5千万円です』


 彼女は消え入りそうな声で言った。


 それと引き換えに手元にあるの全てを渡す。それで

終わりにしようじゃないか・・・・それが条件だという。


『もういいじゃないか?しおり、ここまできたら全部警察に任せよう。そして世間に公表するんだ』


『で、でも、それじゃ「ちいさいプリンの大冒険」のナレーションが・・・・』


『何時までも隠しおおせるものじゃないだろ?それに僕がついてる。もう探偵さんの力なんか借りなくても・・・・』


 ヤハギ氏は、妙に自信あり気な声で言った。


『探偵さんなんかの・・・・ですか?』


『気を悪くされたなら謝ります。でももうこれ以上貴方の手をわずらわせる 必要はないと思いますから』


 実にきっぱりとした口調だった。

 しおりもヤハギ氏を見つめ、何となくうっとりとした眼差しになっていた。

 


『勿論タダでとは申しません。それなりのものを・・・・・』


 そこでヤハギ氏は、ちらりとしおりの方を見る。


 彼女に無言の同意を求めている。そんな感じだった。


 しおりはヤハギ氏と俺の顔を交互に覗き見るようにしながら、小さな声で、


『ええ・・・・』と言ったが、その言葉の中には明らかに躊躇ちゅうちょが感じられた。

 

『断る』


 俺の答えに、ヤハギ氏は、


『依頼人がこうして頼んでいるんですよ』と、押しつけがましい口調で俺に迫る。


『俺はやられたらやり返す主義でしてね。中途半端にするなんざ、流儀に反する』


『だからそれなりの・・・・・』


『猶更嫌ですな。侮辱は金なんかじゃ埋め合わせは効かない』


 俺は立ち上がった。


 腰に痛みが奔ったが、構やしない。








 

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