TAKE3

 彼女の結婚相手は2歳年下で、音響ディレクターをしている人だという。 


 ある現場で一緒に仕事をし、その後何度か会っているうちに意気投合して、結婚ということになったのだそうだ。


『でも、同じ業界にいた男性なら、かえって好都合じゃないですか?あなたはをしてたといっても、別にアダルトビデオに顔出しで出演したわけじゃないし、風俗で働いていたのでもない。ただ声だけだから、そのあたり彼に説明すれば、理解して貰えるんじゃないですか?』


『だといいんですが・・・・今度、彼が音響監督を任された幼児向けアニメのナレーションを担当することになったんです。幾ら何でも幼児向けアニメのナレーターが、昔をしていたなんていうのは、どう考えても不味いし、彼の顔にも泥を塗ることにもなりかねませんから』


 相変わらず彼女はうつむいたままで続けた。


『分かりました。やってみましょう。いずれにせよ、強請ゆすりには違いありませんからね。ことが大きくなる前に穏便に済ませられるならそうした方がいいかもしれない。料金は通常通り、それからこれが契約書です。』


 俺は立ち上がり、ホルダーから一枚とって、ペンと共に彼女の前に置いた。


  

 翌日、俺は書かれていた住所を頼りに、中野まで出向いた。


 確かにそこにはマンションはあったものの、

『速水俊』などという人物は住んでいなかった。


 不審に思った俺は管理会社に出向いてみたところ、

『確かに速水俊と名乗る人物が部屋を借りたのは事実だが、契約してから半年ほどで直ぐに引き払ってしまった』との事だった。


 念のため、俺は雑誌に載っていた本物の『速水俊』の顔写真を見せたところ、


『確かに似てはいるが、ちょっと違うな』という答えが返って来た。


 想像をした通りだな。俺はそう思った。


 マンションを出かかったすぐのところで、立ち止まって俺が思案にくれていると、


『ちょっと、すんません。』


 路上に止めた車の中から声がした。車は黒のワンボックス、運転席から顔を出していたのは、ニキビだらけのキュウリみたいに痩せた若い男だった。彼は地図を手にしている。


『ちょっと、道を教えてくれないすか?』


『道案内なら、警官おまわりに聞きたまえ。俺はただの通りすがりの』


 すると、俺の背後に何か硬いものが当たった。


 首を傾けて後ろを見ると、そこには茶色のTシャツに某プロ野球チームのキャップを被った背の高い男が立っていた。


『あんたでなきゃ駄目なんだよ。その前に手を挙げな。下手に騒ぐとズドンといくぜ』


 俺は黙って言われた通りにした。


『聞き分けがいいな。よし、そのまま車に乗れ、いいところに連れてってやる』


『へぇ、どこだい?俺は夢の国はあまり好きじゃないんだが』


『減らず口もそこまでだぜ』


 また、ごりっと背中の硬いものが動いたのが分かった』


 俺はそのまま車に乗り込んだ。

 押し込むように俺を後部座席に乗せてから、隣に座った男はサイレンサー付きの22口径オートマティックを俺の顔に突き付け、


『よし、だったら暫くこの目隠しをしていてもらおう』差し出されたアイマスクを装着すると、次に俺の口に何かが押し付けられた。


 喉の奥が焼け、目の前が一瞬真っ白く光り、そして虹が横切った。


 似てるな・・・・あれは・・・・そう、昔柔道をやっていたころ、寝技の稽古で何度も絞め落とされた。


 あの時の感覚だ。



 そう思った時、暗転し、何も見えなくなり、蠅の羽音が続いた。





 






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