TAKE2

 俺は、レターパックの差出人を確認してみた。

 

 住所は中野区にあるマンションになっており、名前は『速水俊はやみ・しゅん』となっている。


(偽名だな)

 俺はすぐにそう思った。大体他人を強請ゆすろうって人物が、わざわざ本名でこんなものを送りつけるはずがない。



『この人物に心当たりは?』念のために訊ねてみると、彼女から返ってきたのは、


『ある』という答えだった。


『私が、ちょうど養成所を卒業して、ようやくデビューが叶った後、”あの手の仕事”を幾つかしてた頃です』

 一番最初に所属していた事務所の先輩に、

『速水俊』がいたのだという。


 彼女に”お仕事”を紹介したのも彼で、その手の制作会社に幾つか顔が効いたとかで、適当な新人を探していたらしい。


 確かに、お世辞にもではないから、世間様にあまり名前は出せない。


 従ってベテランよりはデビューして間もない新人に声をかけて回っていた。まあそんな時に、

『千草しおり嬢』に目をつけてきたという訳だ。


 彼女は最初考え、大いに悩んだ。


 そりゃそうだろう。

 声優にはなりたいが、親にも話せないような仕事にまで手を出したくない。


 かといって生活してゆくには金が要る。


『声優になる』と、啖呵たんかを切って故郷を出てきた以上、おめおめと泣き言など言いたくはない。


 仕方なしに・・・・というわけで、その仕事を引き受けることにした。


 しかし『千草しおり』という『なんか使えない。ましてや本名の『中村三重子』なんて、絶対に無理である。


 そこで『KAREN』という、で活躍することになった。


 気乗りはしなかったが、声の仕事であることに変わりはないし、それなりに勉強にはなったし、ギャラも良かった。


 アダルトアニメ、ポルノ小説のドラマCD・・・・評判が良かったのか何だか知らないが、その手の仕事は降るほど続き、評判も上々。


 しかし、そういつまでもこんな仕事をやっているつもりはなかった。


 そのうちに事務所を2つほど代わり、ある有名漫画家が原作のアニメにほんの端役の声でオーディションを受け、見事に合格する。


 それをきっかけに『』が多くなり、やがてレギュラーの仕事も来るようになり、そしてCD(勿論歌の方だ)や、ラジオのDJまでとなり、今に至るという訳だ。


 そうなってから知ったことだが、今業界で活躍している先輩の中には、過去に彼女と似たようなをこなしてきた人もさして珍しくはないのだという。


 それを知って少しは気分は軽くなったが、『』に手を染めたという後ろめたさは、その後もずっとついて回った。


 しかし幸いなことに(といっては何だが)、例の『速水俊』氏は、その後業界を離れてしまい、数年前に交通事故のため、若くして亡くなり、を制作していた会社も倒産したので、彼女も安心して『現在』に没頭していたのに・・・・・


『しかし、貴方もおっしゃった通り、売れない頃に”汚れ仕事”をする人なんか、格別珍しくもないし、それが今の仕事に十分役に立っているなら、気にする必要はないんじゃないですかね?』


 俺は彼女の前の卓子テーブルにコーヒーカップを置いてやると、向かい合わせに座り直し、シナモンスティックをくわえ、答える。


『私・・・・実は今度結婚するんです』


 彼女はカップを両手で持ち、一口だけすすると、蚊の鳴くような声でそう言った。







 


 


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