第72話 悪役令嬢は空気を読まない

「はぁ……つっかれた……」


 用意された客間のベッドに、私は力無く横たわる。もう腕一本、上げられる余裕はありそうになかった。

 シエル達に助けられた私は、そのまま皆に守られる形で無事に国境を抜ける事が出来た。そして待機していた馬車に全員で乗り込み、急いで国境を離れた後、ヨシュアが手配したという屋敷で休息を取る事になった。

 私の部屋の外では、リオンとジェフリーの私兵が警護の任に当たっている。何だか囚われていた時とあまり変わらない環境に思えるけど、贅沢は言わない事にした。


「でも、本当に、よく無事で脱出出来たもんだわ……」


 ようやく落ち着いて、そんな事をしみじみ思う。同時に私の為に犠牲になった人達の顔が思い浮かんで心が沈んだけど、あまり気にしすぎてはいけないとかぶりを振った。

 彼らの事を忘れない。そしてアリオン王国の国乗っ取りを阻止する。それだけが私が、彼らに返す事が出来るものなのだから――。


「……そういえば……」


 不意に私は、シエルの様子を思い出す。ここまで来る間中、シエルが私に声をかけてくる事は一度もなかった。

 それが、何だか無性に気になった。単に、その余裕がなかっただけかもしれないのに。


「……」


 重い体を、力を振り絞って無理矢理立ち上がらせる。今すぐにでもシエルの元へ行かなければならない、そんな事を強く思った。

 私は護衛の兵士達を説得し、彼らを外に置く事を条件に、シエルに会いに行く事になったのだった。



「シエル、起きてる?」


 少し音を控えめに、ノックをしながら部屋の中に声をかける。すると一拍置いて、中から「お姉様?」と返事があった。


「少し話がしたいの。中に入れてくれる?」

「……」

「シエル?」


 躊躇うような、わずかな間の沈黙。けれどシエルはドアを開け、隙間から顔を覗かせてくれた。


「……お姉様、どうなさったのですか?」

「中で二人で話がしたいわ。入れて」

「……」

「シエル」


 ここで済ませられないか、と暗に言いたげなシエルを無視して、用件を伝える。シエルはそれに唇を噛んで俯いたけど、それでも私は譲らなかった。


「……入って下さい。もちろん、お姉様だけですが」


 結局、シエルの方が根負けし、私は部屋の中に通されたのだった。

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