第73話 今一番伝えたい言葉
私を部屋に通したシエルが、後ろ手に扉を閉め、鍵をかける。私は先に椅子に座って、その一連の動作を眺めていた。
「……それで、何のご用なんですか?」
言葉だけ聞けば、実に素っ気無くシエルが言う。けれどその声が震えている事に、私は気付いていた。
「貴方に会いたかったの、シエル」
「……!」
私がシエルの目を真っ直ぐに見て言うと、シエルは驚いたような顔になった。私はそこに、更に畳みかけるべく言葉を続ける。
「私、囚われてた間、ずっと貴方の事を考えてたわ」
「……」
「貴方ともう一度会いたい。その思いを支えに、私、ここまで逃げてきたの」
シエルと私、二人の視線が真っ直ぐに重なる。しばらく無言で見つめ合った後、口を開いたのはシエルだった。
「……どうして」
呟きと共に、シエルの目が泣きそうに歪む。私はそこに、いつも強くあるシエルの本音を見た気がした。
「どうしてお姉様は、そこまで言って下さるのです。わたくしは……見た目を利用して、他人に媚びる事しか出来ない人間なのに」
「シエル……」
「この救出作戦だって、本当はわたくし抜きで行われるはずだったのです。それを無理矢理ついてきて……案の定、ほとんど何も出来なかった」
「……」
「わたくしには……貴女にそのような言葉をかけて頂く資格など、ないのです」
シエルの瞳から、透明で大粒な涙がぽろり、ぽろりと零れ落ちる。その涙を私はとても――とても、綺麗だと思った。
「――でも、貴方は助けに来てくれたわ」
私は立ち上がってシエルに近付き、シエルの涙を指で拭った。涙に濡れたシエルの目が、一気に大きく見開かれる。
「例え出来る事が少なくても、貴方はこうして来てくれた。危険なのに。全部ジェフリー達に任せて、待っている事だって出来たのに」
「それは……」
「ディアスとの決闘の時だってそう。貴方なら、ディアスを安全に懐柔する事だって出来たはず。それでも貴方は、決闘という選択肢を選んだ」
ぽろり、ぽろりと。シエルの頬を、また大粒の涙がつたう。
けれどその顔は、さっきまでの、悲壮に満ちたものではなかった。
「だから私は、誰よりも貴方に言いたいの。――助けに来てくれてありがとう、シエル」
「ひっぐ……おね、さま……おねえざまぁ……!」
子供みたいにしゃくり上げながら、シエルは私に抱き着いてきた。私はそれを、力強くしっかりと受け止めた。
「ほんどうに……ほんどうにぶじでよがったぁ……おねえざまぁ……!」
「ええ。貴方にも怪我がなくて、本当に良かった」
「ひっぐ、えぐ……うわあああああん……!」
私はシエルが泣き止むまで、ずっとずっと、その背を撫で続けた。
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