第68話 月夜に舞う鮮血
「こんばんは。夜分遅くに失礼します」
次にディアルマ王子がやって来たのは、五日後の夜の事だった。
「王子!」
見張りの目を誤魔化す為、私は王子に駆け寄ってみせる。見張りの兵達はやれやれ、という顔をしながら、何も疑いもせずにドアを閉めた。
「遅くなって申し訳ありません。秘密裏に事を進めなければならず、手間取ってしまいました」
「構いません。国に無事に帰れるのであれば」
心から、私は首を横に振る。家に帰る事が出来るなら、一週間の軟禁くらい安いものよ。
「実はあまり時間がありません。すぐに外に出ましょう」
「出られるの?」
「僕と一緒であれば、問題はないでしょう。……くれぐれも怪しまれませんように」
「解りました」
私が頷くと、ディアルマ王子は私の肩を抱きながらドアを開ける。そして驚きの表情を浮かべる見張り達に、にこやかにこう告げた。
「すみませんが、我が麗しのフィアンセに夜の庭を案内して差し上げたいのです。すぐに戻りますから、そこを通して頂けますか?」
「し、しかし王からの命令が……」
「解りませんか? ……
「……っ! そ、そういう事でしたら……でも、あまり夢中になりすぎないで下さいよ?」
ディアルマ王子の含みを持たせた言葉に、見張りは慌てふためきながら道を開ける。もうちょっと何か言い方はなかったのかと思うけど……緊急時だから仕方無かった、という事にしておこう。
かくして私は、一週間ぶりに、お手洗いとお風呂以外で部屋の外に出る事が出来たのだった。
まず私は、見張り達への説明通り中庭に連れ出された。
夜の中庭に人気はなく、静かな月明かりだけがその存在を主張する。密会に使うには、確かにおあつらえ向きな場所だ。
中庭に来てから、ディアルマ王子は一言も口を聞かない。もしかして騙されたのだろうかと、私が不安になり始めた時。
「ディアルマ様」
突然暗がりから声がして、二つの影がゆらりと私達の前に現れた。闇に溶け込むような、黒い覆面と黒装束。前世の別のゲームに出てきた
「来ましたか」
「そちらが例のご令嬢で?」
「ええ。よろしくお願いします」
ディアルマ王子は真剣な表情で、現れた影と手短な会話を交わす。それが終わると、影の一人が私の前に歩み出た。
「言っておくが、俺達が膝を折るのはディアルマ様だけだ。偉い貴族の娘だろうと、丁重になど扱わんぞ」
「……ええ。望むところよ」
「ほう、お貴族様にしちゃ肝が据わってるな。少しだが気に入った」
「それでは、ここからは手筈通りに」
「承知」
頷いてもう一人の影が、黒塗りの短刀を懐から取り出す。そして――。
――ザシュッ!
「っ!?」
そのままディアルマ王子の腕を、大きく切り裂いた。
「うわあああああああっ!!」
血の溢れる傷口を手で押さえ、ディアルマ王子が叫び声を上げる。それと同時に、私の前に歩み出た影が私をひょいと俵抱きにした。
「え、ちょ……」
「よし、行くぞ!」
私は声を上げようとしたけど、その前に、二つの影は走り出していたのだった。
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