第61話 現れた救いの手

 放心状態で部屋に戻り、扉にもたれるようにしてズルズルと崩れ落ちる。

 私が、アリオン王国の王子と婚約をする。その事実を飲み込むまでに、少しの時間がかかった。


「お父様、どうして……」


 口にして、それが愚問だと気付く。何故かなんて決まっている。この国とアリオン王国との、和平交渉の一環としてだ。

 国交を深めるに当たって、政略結婚は基本中の基本と言っていい。けれどこの国に、独身の女の王族はいない。

 ならば有力貴族の娘である私に白羽の矢が立つのも、当然と言えば当然の事。そう理屈は解っていても、心から納得する事は出来なかった。


「お父様……実の娘を売ってまで、アリオン王国との和平を進めたいの……?」


 この婚姻が為されれば、二国には確かな友好関係が刻まれるだろう。そうなれば、反対派がいくら声を上げようと意味のないものになる。

 でも、嫌な予感が消えない。それは、この国でのアリオン王国の評判が悪いというだけではない。

 私の前世が見た、異世界の物語の数々。その総てが言っている。この件が、ただの和平で終わるはずがないと。


「どうしよう……どうしたら、この縁談をブチ壊せるの……?」


 必死に考えてみるけど、動揺の為か、ちっとも頭の中で考えがまとまらない。ああもう、グズグズしてる暇なんてないっていうのに!


「……お姉様?」


 その時だった。躊躇いがちなノックと共に、シエルの声が響いたのは。


「シエル……?」

「お姉様が青い顔で部屋に入るのを見てしまいまして……声をかけるべきか悩んだのですが……」


 考えるより前に立ち上がって、震える手で扉を開けていた。現れたシエルが、驚きの目で私を見る。


「どうなさいましたか、おね……」


 口を開きかけたシエルを遮って、私は、シエルに強く抱き着いていた。目の奥がじわりと熱くなって、勝手に涙が溢れ出てくる。


「シエル……助けて……!」


 気が付けば、そう縋る言葉を口にしていた。直後は戸惑っていたようなシエルだったけど、すぐに、その細い腕が私の体に回される。


「……部屋に入れて、カタリナ。中でゆっくり話をしよう」


 私にだけ聞こえるよう囁かれた声に、私は、小さく頷き返した。

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