第60話 魔の手が悪役令嬢を絡め取る

 それから私は、密かにお父様の家での行動を監視し始めた。

 と言ってもお母様や使用人達の手前、あまり大っぴらに行動は出来ない。我が家で最も大きな権限を持つのはお父様だから、あまり怪しい行動を取ればすぐにお父様に伝わってしまう。

 なるべく怪しまれず、お父様の行動を探る。その為に私がとった行動は……。



「お父様、お茶をお持ちしました」

「ああ、すまないな。入ってくれ」


 ノックをし、お父様にお声をおかけしてから部屋の中に入る。お父様は書類から顔を上げ、私を出迎えてくれた。

 サッと執務室全体に目を走らせるけど、今のところ誰かが隠れているだとか、そういった様子はない。まぁそう簡単に向こうが尻尾を出すとは、私も思ってはいないけれど……。


「今日もお疲れ様です、お父様」

「ありがとう、カタリナ」


 机の上にティーセットを並べながら微笑むと、お父様は優しく微笑み返してくれた。とりあえず今日も、お父様は私のよく知るお父様だ。


 私が取った、お父様を探る為の手段。それは私自ら、お父様のお世話をする事。

 貴族の娘が花嫁修業として父親の世話をするのは、特別珍しい事でもない。ただ今までは次期王妃という立場だった私には、必要がなかったというだけの話だ。

 だからお父様も、私がお父様のお世話をしたいと申し出ても、それを不審に思う素振りは一切なかった。


「しかしお前の淹れた紅茶を、こうして飲む日が来るとはな」


 淹れた紅茶をカップに注いでいると、不意にお父様がしみじみと言った。


「あら、ご不満ですか?」


 冗談交じりに笑ってみせると、お父様は少し困ったように苦笑する。


「いや、嬉しいさ。だが人生は解らんものだと思ってな」

「ふふ、確かにそうですね」


 それは確かに言う通りだと思う。私がお父様のお世話をするなんて、ほんの一年前までは有り得なかった事だ。

 でも、後悔はしていない。次期王妃の座に未練はかけらもないし、それに、どのみちリオンとの婚約は破棄される運命にあったんだもの。本来の歴史シナリオとの違いは、それがお互い納得ずくだったかどうかだけよ。


「……そうだ。お前に一つ、縁談の話が来ていてな」

「縁談、ですか?」


 と、お父様から告げられた言葉に、私は思わず顔をしかめる。そろそろ、そういった話が来る頃合いだとは思っていた。

 ゲームと違って、今回の婚約破棄はこちらには非がない状態。リオン自身も、非は自分にあると公に発表している。

 となれば有力な公爵家の娘である私は、政略結婚の格好のターゲットとなる訳で。それは重々、承知の上でいたのだけど……。


「お父様、私、当分の間誰かと縁談などは考えたくはないと伝えてあったはずですが」


 そうなのだ。だからお父様には、事前にそう断りを入れておいたのだ。お父様も、その時は確かに承知してくれたはず。


「お前の気持ちも解る。だがこの縁談ばかりは、無下に断る訳にはいかんのだ」

「と申しますと……余程の地位の家から?」

「……ああ」


 まずい。お父様の権力で断り切れない地位の家からの縁談が来るのまでは想定外だった。

 でも、それだと大分的が絞られるはずよ。この国の公爵家以上の家柄に、年頃の男子や独身男性はほとんどいないもの。


(可能性があるのはジェフリーとロイド……でも彼らが私と婚約すると聞いて了承するかしら?)


 ロイドは……ちょっと怪しい部分もあるけど、基本的にはシエルが好き。ジェフリーに至っては、シエルの為に女遊びをすっぱり止めるほど惚れ込んでいるのよ。

 そんな彼らが、私との婚約に黙って従うとは思えない……。


「お父様、一体どこから縁談の話が来たのですか?」


 意を決して、私はお父様に尋ねる。するとお父様は少し難しい顔になって、こう言った。


「……アリオン王国第三王子、ディアルマ殿だ」

「……!」


 お父様の答えに、私は、自分の顔が強張るのを感じた。

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