幕間 はじまりの記憶

 夢を見た。ずっとずっと昔の、小さい頃の夢。



『貴方、どうして泣いてるの?』


 お父様に連れられて出席したパーティー。そこで私は、隅に隠れて泣いている一人の男の子と出会った。


『……おねえちゃん、だれ?』


 顔を上げたその子は、とても綺麗な顔立ちの子だった。もしドレスを着ていたら、きっと女の子だと思うくらいに。


『私はパーシバル公爵家のカタリナよ。こんな所で、何故泣いていたの?』

『……みんながいじめるの。おとこは、かわいいものがすきじゃいけないんだって』


 そう言うと、その子はまた大粒の涙を零し始めた。私はそんなその子に向けて大きく息を吐き、腰に手を当て言った。


『それで? 言われっぱなしでこんなとこで泣いてるわけ』

『……うぅ……』

『情けないわね。あなたの可愛い物が好きな気持ちって、その程度なの?』

『……だって……ひとりじゃこわいもん……』


 私が強く言っても、その子は長い睫毛をプルプル震わせ俯くばかり。だんだん苛立ってきた私は、たまたま持ってきていたお気に入りのクマのぬいぐるみをその子に押し付けた。


『はい!』

『……え?』

『その子を私だと思いなさい! そうすれば、一人じゃなくなるでしょ!?』


 今思うと、実に乱暴な言い分だったと思う。けれどその子は、受け取ったぬいぐるみと私とを何度も交互に見比べて、そして、ふわりと笑ったのだ。


『……ありがとぉ、おねえちゃん……』

『カタリナ! カタリナ、どこだ!?』


 私もやっと笑ったその子に笑い返そうとしたけど、その時、お父様が私を呼ぶ声が聞こえてきた。慌てた私は、少し早口気味にその子に言った。


『それじゃあ、私行くから。もう泣くんじゃないわよ!』

『あっ……』


 そして、その子の方を一度も振り返る事なくその場を去ったのだ。



 何故今になって、こんな夢を見るのかは解らない。

 あの子が今、どうしているかも解らない。

 それでも。それでも一つだけ気になるのは。


(……あの子はまだ、あのぬいぐるみを持っていてくれているのかしら?)


 そう思い、脳裏に浮かべた笑顔が誰かに似ていた気がしたけど、それが誰かは結局解らなかった。

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