第56話 かくして本当のスタート地点へ
「うん、大分体重も落ちてきたんじゃないかしら?」
リオンのダイエットが始まって一ヶ月。以前と比べると随分と体が締まってきたリオンを見て、私はそう言って頷く。
「そうですわね、元通り……とはまだいきませんけど、少しふくよか、程度にはなったんじゃないでしょうか?」
「全く、一時はどうなるかと思ったが、案外どうにかなるものだ」
シエルとジェフリーも、この一ヶ月の成果が十分に出ている事に満足げに笑う。正直私も、思ったよりずっと順調に事が運んだ事にホッとしている。
リオンは私達が最初予想していたよりも、ずっと真面目にダイエットに取り組んだ。
元々の気性が真面目だったというのはあるんだろう。けれども体型が丸くなるまで長期間引きこもっていた事を考えると、その姿勢は、まさに一念発起と言ってよかった。
「しかし兄上、そこまでカタリナを手離したくないか? まぁ確かに、今のカタリナはかなりのいい女だが。俺の好みではないがな」
一緒に汗を流すうちにすっかり軽い冗談も言える間柄になったのだろう、軽く笑ってジェフリーが言う。けれどリオンは、真顔になって首を横に振った。
「いえ。そうではありません」
「……ほう?」
「本当はもう少し、目標に近付いてから言おうと思っていたのですが。しかしいい機会です。……カタリナ」
そのままリオンは真剣な目を、私の方に向ける。どうもただ事ではなさそうな雰囲気に、私の喉がゴクリと大きく鳴った。
「な、何? リオン」
「今この時をもって。貴女との婚約を正式に解消します」
「え!?」
思いがけない言葉に、私も、シエルとジェフリーも驚愕の表情になる。あんなに婚約破棄を嫌がってたのに、一体どういう心境の変化な訳!?
「お、おい兄上、本当か!? 本当に婚約破棄していいのか!?」
「ええ。もう決めました」
動揺するジェフリーに、リオンは爽やかな笑顔を返す。そして再び、私とシエルに向き直った。
「まずお二人に、謝らなければなりません」
「謝る……?」
「お二人に対し、とても不誠実な態度を取った事をです」
そう言われれば、言わんとする事はすぐに思い当たる。恐らくリオンは、私が婚約破棄を叩き付ける原因になった私を王妃、シエルを側室にそれぞれ迎えるというあの話の事を言っているのだろう。
「あの時私は、お二人にした提案こそが総てを丸く納める唯一の方法だと思っていました。引きこもってからも、それは変わらなかった」
言いながら、リオンの顔が曇る。まるで、そう思っていた事を後悔しているかのように。
「でもこうして私の為に、カタリナやシエルさんやジェフリー……他にも協力してくれた方々。皆さんを見ていて気付いたのです。……私は、今まで、周りの人間をこんな風に思いやってはこなかったと」
「……リオン」
「それに気付いたら、今までの自分の言動が、いかに自分の都合しか考えないものであったか解りました。……こうなってやっと、私は、目を覚ます事が出来たのです」
正直、驚いた。リオンがそこまで言うなんて、思ってもみなかったからだ。
他の二人も同じだったらしく、特に双子の弟であるジェフリーの驚きは凄かった。目と口をポカンと開けて、マジマジとリオンを見つめている。
「愛する人を日陰の身にするなど、貴女の言う通り、確かにあってはならない事でした。そして何よりもカタリナ、形だけの王妃にされる貴女の気持ちを私は一番よく理解していなかった。どうか、心から謝罪させて下さい」
ついにはそう言って深々と頭まで下げるものだから、私の方がどうしていいか解らなくなってしまう。私とジェフリーが反応に困る中、唯一シエルだけが、リオンの前に歩み出た。
「……顔を上げて下さい、リオン様」
「シエルさん……」
「リオン様のお気持ち、わたくし、よく解りました。そして、思い切った決断をなされた事、とても嬉しく思います」
そう言って、ふわりと微笑むシエル。その笑顔はまさに、聖女のようだった。
「まだリオン様の事は、殿方としてハッキリとは意識してはおりませんが……。わたくしの事を本当に想って下さっているという事はよく伝わりました。ですから、わたくしもリオン様の事、真剣に考えようと思います」
「……!」
「わたくしを好いて下さる方は他にもいます。ですからすぐにはお返事は出来ませんが……待っていて下さいますか?」
シエルがリオンの手を取り、目を見つめる。リオンはそれに真っ赤になり、そして、小さく頷いた。
……まぁ、この光景にちょっとイラッとしない事もないんだけど。でも、それ以上にこれって……。
(もしかしてここぞとばかりに、リオンが絶対心変わりしないよう念を押しにいってる……?)
もしかして、私よりシエルの方が悪役令嬢に向いてるんじゃ……。いや、そもそも男だけども!
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