第51話 これぐらい荒療治のうち

 王宮を訪れるのは、リオンに婚約破棄を叩き付けて以来の事になる。

 あれからもう半年が過ぎているのかと思うと、月日の流れの早さを感じずにはいられない。そして私が前世の記憶に目覚めてからまだ一年経っていないのだと思うと、この半年というものは、実に内容が濃いものだったと実感する。


「ここが兄上の部屋だ。しかしまさか、元婚約者のお前が兄上の部屋を訪れた事がないとはな」

「私達、婚約者と言ってもそれほど親しい訳ではなかったもの。仕方無いわ」

「……まぁ、確かに見ている限り、いかにも形式上の婚約者という感じではあったな」

「わたくしは、お姉様が結婚前の殿方の部屋に入るなんてはしたない事をしてなくて安心しています」


 貴方は結婚前の女性の部屋に普通に入ってくるけどね!と言いたいのを、寸前で飲み込む。今問題にすべき点はそこじゃないし。……本当はしたいけど。


「おい、馬鹿兄。元婚約者と意中の女がお見えだぞ」


 ジェフリーが部屋の扉をノックし、そう声をかける。すると扉の向こうで、何かが蠢くような気配がした。


「……カタリナと、シエルさんが、そこにいるのですか?」


 少し置いて聞こえてきたのは、懐かしいリオンの声。扉越しだからだろうか、ほんの少し、声がこもっているようにも聞こえる。


「ジェフリー様からお話を聞いて、心配になって参ったのです。リオン様、顔をお見せ下さい。扉越しではなく、直接お話をしましょう?」

「だ、駄目です! 貴女方にはこのようなみっともない姿、晒す訳には参りません!」

「オイ、そんな事を言ってる場合じゃないだろう! このままだと第一王位継承権が本当に俺のものになるぞ!」


 シエルが表向きは優しく声をかけるけど、リオンは途端に取り乱してこちらに応じようとはしなかった。続けてジェフリーが強めの口調で声をかけるけど、こちらには返事はない。

 ……このままじゃ、ちょっと埒が開きそうにないわね。こうなったら……。


「……ジェフリー、貴方、この扉を蹴破れる?」


 私が冷静な態度でそう言うと、ジェフリーはギョッとした目で私を見返した。


「ま、まぁ出来るとは思うが……やるのか?」

「そうですね、わたくしもお姉様に賛成です。ここまで来たら実力行使しかありませんわ」


 シエルもまた頷き、私に賛同の意を示す。ただ一人、実行犯となるジェフリーだけが、ダラダラと冷や汗を掻いていた。


「……仕方無い。お前達に何とかしてくれと、泣きついたのは俺だからな」

「えっ、ちょっと待って下さい皆さん。え、冗談でしょう?」

「兄上、扉から離れてろ。巻き添えを喰らうぞ」

「いや本当にちょっと待って下さいジェフ――」


 リオンが言い終わるか終わらないかの内に、ジェフリーが高い身長を活かした渾身の蹴りを扉に叩き込む。その衝撃に鍵は壊れ、扉は内側に向けて勢い良く開け放たれる。


「さあ、これでじっくり話し合い……を……」


 そして薄暗い室内に足を踏み込み、奥に目をやった瞬間。それ・・を目にして、私は思わず固まった。

 部屋の隅で、身を丸くしてうずくまっている一人の男。それは確かにリオンだった、リオンだったけど……。


 リオンの体型は、文字通り、丸く・・なっていた。

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