第49話 感謝される悪役令嬢

「昨日はよくもやってくれたわね、カタリナ」


 ミリアムとマリクを二人閉じ込めた翌日。顔を合わせたミリアムは、私を睨み付けてそう言った。


「あら、ごきげんよう。無事に出られたのね」

「何とかね。本当、裏切られた気分だわ」


 不機嫌さを隠さず、冷たく言い放つミリアム。……もしかして、作戦は上手くいかなかったのかしら。

 まず私がミリアム、シエルがマリクを呼び出して、あの開かずの教室に一緒に閉じ込める。そして二人で、じっくり話が出来る機会を作る。

 二人がすれ違っているのは、ひとえにミリアムがマリクを避けてるから。だからちょっと強引にでもミリアムを逃げられなくすれば、お互い素直になれるんじゃないか……というのが、シエルと立てた作戦だった。

 もし作戦が上手くいかなかったなら、私はただミリアムに意地悪をしただけになってしまう。だとすれば、ミリアムが怒るのも当然だ。


「どうせシエルも一枚噛んでるんでしょう。本当どうしようもない主従ね、貴女達」

「ミ、ミリアム、あの……」


 怒り心頭といった様子のミリアムに、私は何を言っていいか解らなくなる。ミリアムの為と思ったのに、ただミリアムを傷付けるだけの結果になったなんて……。


「……プッ」


 そう思っていると。急にミリアムが、小さく吹き出した。


「……ミリアム?」

「クッ……アハハ、ごめんなさい。貴女がそこまで慌てるなんて思ってもみなかったから」


 朗らかに、クスクスと笑い出すミリアム。その顔にもう、怒りの色はない。


「……騙したの?」

「お互い様よ、カタリナ。でもこれで、少しは騙された溜飲も下がったわ」


 そう言ったミリアムを見て、悟る。……作戦は、ちゃんと上手くいったんだって。


「先生と話せたのね、ミリアム」

「お陰様でね。本当、貴女があんな強引な手段で私達を話し合わせようとするなんて思ってもみなかったわ」

「だって、ああでもしなきゃ、貴女、ずっと先生の事避け続けてたでしょ?」

「確かにね。それは認めざるを得ないわ」


 小さく苦笑し、ミリアムが頷き返す。私に向けた眼差しはとても澄んで、晴れ渡っていた。


「あの時は驚いたし、裏切られたと思って悲しかったけど……今は感謝してる。貴女が私達の為に悪役になったんだって、今なら解るから」

「ミリアム……」

「ありがとう、カタリナ。……貴女のお陰で、叶う筈がないと思っていた夢が叶った」


 満ち足りた表情で、ミリアムは笑った。それはとても素直で素敵な、恋する女の子の顔だった。


「これからどうするの?」

「ひとまずお父様とお母様には、正直に私達の気持ちを伝えたわ。お母様は喜んでくれたけど、お父様は暫く考えさせて欲しいって。まぁ、頭ごなしに反対されなかっただけでも上々よ」

「そうね」

「でも、例え許されなくても、お兄様が……ううん、マリクが家を出たら、私、正式に彼と結婚するつもり。今はまだ兄妹のままだけど……ずっと想い続けてきた相手ですもの、待てるわ、そのぐらい」

「……良かった。二人がいい方向に向かって」


 心から、私はそう思った。本来なら辿り着く事の出来なかった筈の未来。それを二人は、確かに手にしたのだ。

 今までは、何もしなくても勝手に現実が正史ゲームから逸れていった。でも私は今回初めて、自分の手で正史ゲームをねじ曲げた。

 それが何をもたらすか、今はまだ解らないけど……。


「シエルが使用人クラスから戻ってきたら、真っ先にお礼を言わなくちゃ。……貴方のお陰で上手くいった、って」


 今はただ、親友の恋が成就した、その事を心から祝おう。

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