第38話 これってアドベンチャーゲームだったっけ?

 学園の奥の奥。そこに今は封鎖され、使われていない教室がある。

 曰く、そこで昔生徒が自殺した。曰く、ある教師の非人道な実験室として使われていた。 色々な噂があるけれど、確かなのは、その教室には、今は誰も入る事が出来ないという事。


「……まさかそんな教室に、ヨシュアがいるなんてね」


 目の前の、固く閉ざされた扉を見ながら、私は苦々しげに呟いた。


「俺も一度、逢い引き用に使えないかと調べた事があったが……教師の話では、今では鍵もどこかに失せ、教師ですら入れないという事だ」

「……貴方まで……」

「あ、いや、シエル一筋と決めてからはそういう事はしてないぞ。繰り返すが!」


 私の冷めた視線に慌てて取り繕うジェフリーを無視して、改めて扉に向き直る。取っ手に手をかけてみるけど、案の定開く気配はない。


「困ったわね……まさか扉を壊す訳にもいかないし……」

「……どいてろ」


 どうしようかと悩んでいると、ディアスが一歩前に進み出た。……何か、いいアイデアでもあるのかしら?


「……カタリナ」


 不意にディアスが、私を振り返る。そして突然、こんな事を言った。


「お前は……ここで起きる隠しイベントの事を覚えてるか」

「え……?」


 隠し……イベント? ディアスが言うからには、きっとゲームの話よね。

 でも、ゲームに、この部屋が出てきた事なんてあったかしら……?


「……ちょっと、覚えがないわね」

「イベント自体を知らない、という事か……なら、やはり俺がやろう」


 そんな意味不明な事を言うと、ディアスは扉のあちこちをガタガタと動かし始めた。そして最後に取っ手を横に引くと――。


「あ、開いた……!?」


 そう、固く閉ざされていた扉が、いとも簡単に開いてしまったのである。これには私だけでなく、ジェフリーもロイドもポカンとなってしまう。


「い、いや、今何やったのお前……?」

「お前、転校してきたばかりだろう……!? 何故この扉を開けられる……!?」


 二人は口々に疑問を口にするけど、私には何となく察しがついた。それは、扉を開ける直前にディアスが言った言葉。

 ディアスは前世で、この世界ゲーム――「成り上がりプリンセス」についての知識を得ていた。そしてその知識は恐らく、前世の私が持つものよりも深い。

 前世の私はこのゲームで攻略対象全員とエンディングを迎えているけど、いわゆるバッドエンドやそれに繋がるイベントの類はほぼ見ていない。けど、バッドエンドルートでしか見れないイベントがあるという事だけは情報として知っていた。

 ディアスの言う隠しイベントとは、もしかしたらその事なのかもしれない。だとしたら、私が知らないのも道理だ。


「まぁ、扉が開いたんだからこの際細かい事はどうでもいいわ。行くわよ!」


 私はディアスへのこれ以上の追及を防ぐ為にも、強引に話を切り上げ、自ら一歩を踏み出した。それを見て、ジェフリーとロイドも追及の手を止め、私の後に続く。

 教室内は薄暗く、人の気配がない。ハズレかと思い、溜息を零したその時。


「……ぁ、……!」

「……!」


 微かに聞こえたくぐもった声に、私達は一斉に音を殺す。聞き違いでなければ今……確かに、私達以外の誰かの声がした!


「っ……、……ぅ!」

「……、……ぁ!」


 声は恐らく準備室に通じる扉の、その向こう側から聞こえてくる。私達は息を飲み、足音を忍ばせながら扉の前に立った。


「……開けるわよ」


 小声で呟き、周囲に目配せする。全員が頷き返すのを確認して、私は――勢い良く扉を開け放った!


「何をしているか解らないけどそこまでよ、ヨシュア! 神妙……に……」


 そこで、私達が見たものは。


「ハァ……ハァ……もっと罵って下さい、女王様……♪」

「全く、どうしようもない駄目犬ですね? ご褒美が欲しければわたくしの靴を……あら?」


 ――想像していたのとは全く違う、それでいて想像以上の地獄の光景だった。

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