第39話 腑に落ちないけど一件落着

 ――辺りを、静寂が支配した。


 見えたのはシエルの前に跪く、金髪の巻き毛に栗色の瞳の、綺麗な顔立ちの男子生徒の姿。間違いない、ゲームで見たヨシュアだ。

 で、ヨシュアが何か鼻血垂らしてるんだけど。ていうか笑顔で固まってるんだけど。

 私達も、シエル達も、どっちも言葉を発さない。寧ろ、言うべき言葉が見つからない。

 長い沈黙。それを破ったのは、ロイドの一言だった。


「……お前ら、何してんの?」

「……っあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!?」


 次の瞬間。

 学校中に響き渡るんじゃないかというぐらいのヨシュアの絶叫が、辺りに木霊した。



「……つまり、話を纏めると」


 半狂乱のヨシュアを一旦宥め。シエルから聞き出した話の内容は、以下の通りだった。


「まずシエルはお家再興に必要な情報を求めて、ヨシュアに近付いた。そうしたら案の定、パーシバル公爵家うちの機密情報を求められたと」

「ええ。でもわたくしにお姉様を売る気なんて毛頭ありませんし、そもそも売るような情報も持ってませんわ」

「そこで一旦は取引に乗るフリをして、逆にヨシュアの弱味を探る事にした……と?」

「はい♪」


 天使のような笑顔でシエルは頷くけど……いや、だからってこの展開は流石に予想出来なくない?


「とはいえヨシュア様ったら用心深く、なかなか隙を見せて下さらなくて。おまけにお姉様の悪口まで言われ、ついカッとなってひっぱたいたところ……目覚めてはいけないものに目覚めてしまったご様子で」

「だ、だって僕この通りの美形だし? 今までぞんざいに扱われた事なんて一度もなかったし?」


 溜息を吐くシエルに、ブツブツと言い訳を口にするヨシュア。そういえばコイツ、ゲームでも少し……えーとナルシスト?っていうの入ってたのよね……。


「で、それからは、シエルに情報を渡す代わりにこの教室にシエルを連れ込み、虐めて貰っていたと……」

「そ、それくらいいいじゃないか! 君みたいに自分から手を出してる訳じゃなし!」

「お、俺も今はそういう事はしとらんわ!」


 醜い言い争いを始めるジェフリーとヨシュアを見ながら、私の口からも溜息が漏れる。……何だか、心配して損したわ……。


「心配をおかけして申し訳ありません、お姉様」


 そんな私の前に。シエルが歩み出て、眉を下げた。


「いいわよ、何も危ない事がなかったんなら」

「でも、こうなる前に、お姉様に一言相談するべきでした」


 珍しく、しおらしく謝ってくるシエルに私の心も解けていく。……まぁ、本当に、シエルに何もなかったのは良かったわよね……うん。


「もういいわよ、謝らないで。こっちも事を荒立てて悪かったわ」

「でもそれは、皆さんがわたくしを心配して下さっていたからですから」

「……そうね。早くお家再興したい気持ちは解るけど、あまり私達に心配はかけないでね」

「はい。肝に銘じます」


 お互いの顔に、自然と笑みが浮かぶ。それを見たロイドが、快活に笑って言った。


「ま、ちょっとよく解んないとこもあるけどさ。これで一件落着って事だな!」

「……そうだな」


 それにこれまで黙っていたディアスが、相槌を打つ。……ディアスにしてみれば、大好きな乙女ゲームの攻略対象の実態がコレだなんてショックどころじゃないわよね……。


「……あ、あの」


 話が纏まりかけたところに、おずおずとヨシュアが口を開く。私達は何事かと、揃ってヨシュアの方を振り向いた。


「何?」

「僕の性癖についてはその、黙ってて貰えるのかな?」

「……」


 まるで、判決を待つ罪人のようなヨシュアに。私は、笑顔で告げた。


「今後シエルに無償で情報提供をするなら、黙っていてあげる」

「そ、そんなぁ……」


 ヨシュアは肩を落とすけど、彼が今まで学園でやってきた事を考えたらこれでもまだ優しい条件よね、うん!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る